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医学博士が88人の時代

明治37年2月発行の「博士試験論文集」(博文館)によれば、明治37年当時の医学博士の数は日本全国で88人、そのうち4人は故人のため、実質84人のみでした。遠山椿吉は明治36年、ペストやコレラ、鉱泉の殺菌力など多岐にわたる12題の論文(うちドイツ語4題)により、博士の学位を授与されました。

1904(明治37)年「博士試験論文集」(博文館)*


「博士試験論文集」
遠山椿吉


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博士試験論文集(PDF:0.9MB)

〇論題 ペスト菌の東京に於ける冬期寒気に対する抵抗力に就て(独逸文)
〇論題 家鼠の病的菌(独逸文)
〇論題 虎列刺患者の糞便中「コムマ」菌の現存日数に就て(邦文)
〇論題 虎列刺患者の吐及瀉物中に発見せる繊細「スピルレン」(邦文)
〇論題 非「コレラ」患者便中の繊細「スピルレン」に就て(邦文)
〇論題 回帰熱「スピルレン」の形態に就て(邦文)
〇論題 蓴菜「バチルス」(邦文)
〇論題 實扶的里亞菌の形態に就て(邦文)
〇論題 分枝ある結核菌に就て(邦文)
〇論題 多数なる人の群集する場所に於ける結核菌の証明(独逸文)
〇論題 鉱泉の殺菌力に就て(邦文)
〇論題 消毒薬液中に於ける動物屍躰に含有する黴菌は幾時間にして其生活を失うか(独逸文)
学位記
文部大臣は右論文を提出して学位を請求し東京帝国大学医科大学教授会に於て其の大学院に入り定規の試験を経たる者と同等以上の学力ありと認めたり
仍て明治三十一年勅令第三百四十四號学位令第二條に依り茲に医学博士の学位を授く(文部省)