新たな段階に入ったシックハウス問題 (第2回)

財団法人 東京顕微鏡院 食と環境の科学センター
環境検査部 技術部長 瀬戸 博
掲載日: 2011年7月1日

前回は、シックハウス問題は解決していないことを具体的な事例をあげて説明した。今回は、そもそも何故、シックハウス症候群の患者が発生するのかということを化学物質と室内環境の関係から考察し、最近の未規制化学物質の現状について紹介する。

何故、シックハウス症候群の患者が発生するのか

シックハウス症候群は、人が室内で相当量の化学物質に曝されるという原因によって、化学物質に対して身体がさまざまな反応を惹き起こす結果とみることができる。ここでは、生体側の反応には触れず、化学物質による暴露の側面、すなわち化学物質と室内環境の関係について考察することとする。

日本では1990年代にシックハウス症候群が顕在化したが、それ以前の1980年代に、既に欧米ではシックビルディング症候群(シックハウス症候群と同義)が問題になっていた。欧米では、二度にわたる石油ショックにより、省エネ対策として、ビルの空調効率を上げる必要性が叫ばれ、換気回数を少なくすることが推進された。その結果、ビルの室内空気質が悪くなり体調不良を訴える人々が急増したのである。
 

要因その1 化学物質の放散

シックハウス症候群を惹き起こす要因の一つは化学物質だが、多くの場合、合板や塗料、接着剤などから放散するホルムアルデヒドや揮発性有機化合物(VOC)が問題になっている。VOCは建材や工業製品を製造する過程で使用される。したがって、VOCは室内環境にあるほとんどすべての部材や製品に多少なりとも含まれているといっても過言ではない。

VOCが少ないものは幸いにも製造の過程で放散しきっており、使用される時には残っていない製品である。また、自ら室内に持ち込んだ家具、家庭用品、殺虫剤、化粧品、文具、印刷物などにも多くのVOCが含まれていることがある。現代の生活は、化学物質に依存しており、今後もますますその傾向は強まるであろう。
 

要因その2 換気不足

シックハウス症候群を惹き起こすもう一つの要因は換気不足である。そのため、2003年の建築基準法の改正により、新築住宅では換気回数を1時間に0.5回以上、つまり2時間に1回は部屋の空気を入れ替えるような仕様にすることが義務付けられた。しかし、この基準で万全というわけではなく、化学物質が室内で多量に放散しているときは、1時間に0.5回の換気回数でも安全を確保することができない。

建物の設計では、どこから新鮮な空気を、どれだけ取り入れて、どこを通って、どこから汚れた空気を排出するかという「計画換気」が非常に大切である。住宅の「計画換気」というのは24時間連続運転を前提にしており、換気装置が停止した場合、近年の高気密住宅では空気中化学物質濃度が5倍以上に増加することが推測される。

今後も、化学物質の多量放散と換気不足という二つの要因が重なるケースでは、シックハウス症候群の患者が発生する可能性がある。シックハウス症候群の患者を出さないようにする取り組みについては、本シリーズの4回目で触れる予定である。
 

未規制物質の現状

厚生労働省はシックハウス対策として、ホルムアルデヒドやトルエンなど13の化学物質の室内空気中濃度を設定している。規制化学物質については、業界などの取り組みの結果、アセトアルデヒドなど一部を除き、室内空気中濃度はほぼ、指針値以下に保たれるようになった。

新築住宅の室内空気中化学物質を測定すると、低い濃度の物質まで含めれば通常、百種類以上の化学物質が検出され、その多くは未規制物質である。総揮発性有機化合物(TVOC)濃度は暫定目標値(400μg/m3)をはるかに上回ることが多い。高濃度に検出される物質は、イソパラフィン類、トリメチルベンゼン類やアルコール類、グリコール類などでトルエン、キシレン、フタル酸エステルなどの溶剤や可塑剤の代替物質と考えられる。

これらの物質には室内空気濃度規制はないが、高濃度になれば何らかの健康影響が懸念される。実際、2007年2月、新築した小学校で塗料などに混入していたとみられるテキサノールや1-メチル-2-ピロリドンによる健康被害が発生している。目に触れにくい部分であるが、断熱材の発泡剤(クロロエタン、ペンタン)による汚染事例が報告されている。これらを表1にまとめて示した。先に述べたように、これらの物質は未規制物質の一部であり、注目される“新顔”も毎年のように報告されている。

一方、合成化学物質による健康影響が問題になった反動から、自然回帰や環境保護を志向し、天然の建材、塗料、接着剤を選択する消費者が増えている。例えば合板やビニルクロスを避けてムク板や珪藻土、漆喰などが、また、塗料には植物油、接着剤にはニカワ、でんぷんが使われている。しかし、針葉樹に多いα-ピネンなどのテルペン類による室内空気の高濃度汚染の問題や植物油が分解して生ずると考えられるアルデヒド類の臭気や健康影響が懸念される。

また、消費者が室内に持ち込んだ家庭用品もVOCやエアロゾルの発生源になることがある。国立医薬品食品衛生研究所報告によれば、室内用消臭・芳香剤から放散するVOCがTVOC濃度の増加に寄与する割合を推定すると、16製品の平均で170μg/m3(暫定目標値の約40%に相当)で中には単独で暫定目標値を超える製品(2種)があったという。

次回は、TVOCによる総量規制と臭気を考慮した規制の必要性について述べる予定である。

表1 新築住宅などで検出される高濃度汚染物質の例

物質名 用途・発生源 健康影響・毒性
イソパラフィン類(炭素数11から12) 接着剤、塗料などの溶剤 腎臓の障害
メチルシクロヘキサン 接着剤などの溶剤 中枢神経への影響
トリメチルベンゼン類 溶剤 錯乱、咳、めまい、頭痛、咽頭痛、嘔吐、気道刺激性、麻酔作用
2-エチル-1-ヘキサノール 可塑剤、溶剤、DEHPの分解により生成 咳、めまい、頭痛、喉の痛み、眼・皮ふへの刺激
テキサノール 溶剤
塗料の造膜助剤
眼・皮ふへの刺激
グリコール類 樹脂・塗料の溶剤 幼児において発作、乳酸アシドーシス・浸透圧異常による障害
α-ピネンなど 木材成分 粘膜への刺激
膀胱上皮の過形成
ペンタン 断熱材の発泡剤 眼・皮ふへの刺激
クロロエタン 断熱材の発泡剤 呼吸器、肝臓、腎臓の障害、麻酔作用、眼刺激性
1-メチル-2-ピロリドン 樹脂の溶剤 肌への刺激と接触性皮膚炎
重篤な眼刺激と頭痛

新たな段階に入ったシックハウス問題 (シリーズ全4回)

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