シックハウス問題における新しい展開

~ 最近の室内空気汚染の特徴と環境改善型予防医学(ケミレスタウン・プロジェクト)の実践 ~

財団法人 東京顕微鏡院 食と環境の科学センター
環境衛生検査部 部長 瀬戸 博

はじめに

1990年代から新築やリフォームの際に、室内の化学物質が原因でおこる様々な不快な症状はシックハウス症候群あるいは単にシックハウス(学校であればシックスクール)と呼ばれ、その患者の増加が問題となった。シックハウス症候群の原因物質とされるホルムアルデヒドやトルエンなど一部の物質については、法的な規制や指導、業界の自主規制等が奏功したため、沈静化したとする識者もいる。

しかし、国民生活センターに寄せられるシックハウスの相談は2004年度から2007年度にかけて400件台以上が続いている。また、時折シックスクールの事例が報道されている。このことからシックハウス問題は解決したわけではなく、後で述べるように以前とは質的に異なる形で継続していると考えるのが妥当である。

本稿では、最近の室内空気汚染の特徴と千葉大学環境健康フィールド科学センター(千葉県柏市)と協賛各社が進めている環境改善型予防医学(ケミレスタウン・プロジェクト)の実践状況を紹介する。

規制物質による室内空気汚染の現状

現在、13種(※注1)の化学物質について厚生労働省が室内濃度指針値を設定している。指針値が公表されてからほぼ10年経過し、関連業界の対応が進んだこともあって国土交通省の調査によれば、新築住宅でホルムアルデヒドやトルエンの室内濃度指針値を超えるケースは急減している(図1)。

指針値超過の原因は、換気設備を稼動させなかったことなどが指摘されている。調査が開始された2000年度はホルムアルデヒドの超過率は約30%と際立って高く、トルエンは約14%であった。従って、その当時のシックハウスの原因物質はホルムアルデヒドかトルエンを疑えばほぼ事が足りたと言っても過言ではない。

図1:新築住宅の指針値超過の割合

一方、アセトアルデヒドの超過率は徐々に上昇しており2005年度で11.6%である。その他の規制物質については指針値を超えることはまれな状況である。

このようにアセトアルデヒドを除けば規制物質の対策はほぼ完了しているにもかかわらず、前述したようにシックハウス症候群の患者は発生している。その原因は、アセトアルデヒドだけではなく次項で述べるように多くの未規制化学物質によると考えられる。

未規制物質の現状

新築住宅の室内空気中化学物質を測定すると低い濃度の物質まで含まれれば通常、百種類以上の化学物質が検出される。ホルムアルデヒドやトルエン、キシレン等かつてシックハウス症候群の原因とされた物質の濃度は指針値に比較してかなり低い。

その代わりにトルエン、キシレンの仲間であるトリメチルベンゼン類やアルコール類、グリコール類、イソパラフィン類が高濃度に検出されることがある。これらの物質には室内空気濃度規制はないが、高濃度になれば何らかの健康影響が懸念される。実際、2007年2月に北海道の紋別市の小学校では塗料等に混入していたとみられるテキサノールや1-メチル-2-ピロリドンによる健康被害が発生している。

様々な化学物質の登場は、先の13種類の化学物質に規制がかかったために住宅建設の現場で代替物質や代替建材を模索した結果と推察される。正確さに欠ける記述が許されるならば、ホルムアルデヒド樹脂の代わりに酢酸ビニル系樹脂が、トルエン、キシレンの代わりにトリメチルベンゼンやイソパラフィン類が、さらにフタル酸エステル類の代わりにグリコール類やテキサノールが使われ主役に躍り出たという構図がわかりやすい。であるならば、規制と代替物質探しの関係は延々と続き、今後も新たな物質による健康被害が繰り返されることが予想される。

シックハウス問題の解決のために

シックハウス症候群の患者数は不明だが、内山巌雄京都大学名誉教授によれば化学物質過敏症と呼ばれる人は成人で約70万人と推定されている。化学物質に対する感受性は個人差が大きいが健康被害防止のための対策は子どもや感受性が高い人達(ハイリスクグループ)を念頭にいれたものである必要がある。

シックハウスの主な原因と考えられる化学物質をできるだけ減らしたモデルタウンを千葉大学のキャンパス内につくり、健康に悪影響を与えない環境を整え、様々な実験を行って、人が健康に暮らせる街を提案するのがケミレスタウン・プロジェクトである。

モデルタウンには、既にシックハウス症候群対応の住宅を想定した実験棟(現在4棟)、生活の質の向上を提案する展示スペース、「環境医学診療科」などが設置されている。また、次世代を見据え、小児の成長・発育に悪影響を及ぼす恐れのある環境汚染物質に関する正しい知識を伝え、市民に指導できる人材を育成することや、得られた成果を社会に還元する情報発信プログラムが計画されている。

このプロジェクトは、5年計画で2005年に開始された。これまでに、室内空気中の化学物質116種類を測定し、各住宅(建材、施工法)の相違・特徴や時間経過との関係、温度・湿度との関係、家具搬入の影響などを解析している。また、ボランティアによるQEESI質問表(※注2)を用いての健康影響調査も実施しており、これらの成果は学会や学術誌で発表されている。筆者らも揮発性有機化合物の総量とともに臭気物質の制御を快適居住空間造りの基本にするべきとの研究を千葉大学グループと共同で行っている。

今後は、化学物質をできるだけ低減化した建材の推奨(認定)や我国で初となる室内空気質の認定制度の確立のための調査・研究が行われる。

おわりに

沈静化したかに見えるシックハウス問題だが、実は単純ではなく、規制→代替物質→新たなシックハウス・・・というスパイラルの状況になっている。ケミレスタウン・プロジェクトは、シックハウスの原因が化学物質であれば、これをできるだけ取り除き病気を未然に防ぐというまったく新しい試みである。シックハウス問題の根本的解決を目指すものとして成果を期待したい。


注1:ホルムアルデヒド、アセトアルデヒド、トルエン、キシレン、エチルベンゼン、スチレン、パラジクロロベンゼン、テトラデカン、クロルピリホス、ダイアジノン、フェノブカルブ、フタル酸ジ-n-ブチル、フタル酸ジ-2-エチルヘキシル

注2:米国で化学物質過敏症患者のスクリーニングのために開発された質問票 Quick Environmental Exposure and Sensitivity Inventory

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