ケミレスタウン・プロジェクトとドイツにおける「健康住宅」実現への取り組み状況

財団法人東京顕微鏡院 食と環境の科学センター
環境衛生検査部 部長 瀬戸 博

千葉大学環境健康フィールド科学センター(千葉県柏市)と協賛各社が推進するケミレスタウン・プロジェクトの活動の一環としてドイツにおける「健康住宅」実現への取り組み情況の視察が2008年8月末に行われました。幸運にも視察団に同行いたしましたので、その概要を報告します。

ケミレスタウン・プロジェクトとは

最初にケミレスタウン・プロジェクトについて説明します。新築住宅やリフォームした部屋に住むことにより、頭痛、めまい、発熱、だるさなど様々な症状を引き起こす「シックハウス症候群」が問題になっています。その主な原因と考えられる化学物質をできるだけ減らしたモデルタウンを千葉大学のキャンパス内につくり、健康に悪影響を与えない環境を整え、様々な実験を行って、人が健康に暮らせる街を提案するのがケミレスタウン・プロジェクトです。

モデルタウンには、既にシックハウス症候群対応の住宅を想定した実験棟(現在4棟)、生活の質の向上を提案する展示スペース、「環境医学診療科」などが設置されています。また、次世代を見据え、小児の成長・発育に悪影響を及ぼす恐れのある環境汚染物質に関する正しい知識を伝え、市民に指導できる人材を育成することや、得られた成果を社会に還元する情報発信プログラムが計画されています。

ケミレスタウン・プロジェクトの成果と今後の方向性

このプロジェクトは、5年計画で2005年に開始されました。既に建造された戸建住宅型実験棟は4棟あり、室内空気中化学物質を低減化するため、それぞれ特色のある建材や施工法を採用しています。これまでに、室内空気中の化学物質116種類を測定し、各住宅(建材、施工法)の相違・特徴や時間経過との関係、温度・湿度との関係、家具搬入の影響などを解析しています。

また、ボランティアによるQEESI質問表注1)を用いての健康影響調査も実施しており、これらの成果は学会や学術誌で発表されています。今後の方向性としては、プロジェクトで蓄積したデータやノウハウを基に化学物質をできるだけ低減化した建材の推奨(認定)や我国で初となる室内空気質の認定制度の確立のための調査・研究を行うと期待されます。(注1:米国で化学物質過敏症患者のスクリーニングのために開発された質問票 Quick Environmental Exposure and Sensitivity Inventory)。

ドイツにおける「健康住宅」実現への取り組み状況

ドイツでの健康住宅プロジェクトは、木造住宅の販売、営業に長くかかわり、自分自身も化学物質に対して過敏な体質を持つペーター・バッハマン氏の発想から始まりました。彼は、2005年にドイツ連邦環境基金に、木造住宅における健康住宅の指標作りとパイロットプロジェクト建設の実施を申請したところ、それが認められたのです。本プロジェクトには、以下のような様々な組織、企業、研究機関が参画しているのが特徴です。

  • センティネル研究所 … プロジェクトの指揮、代表:バッハマン氏
  • エコ研究所 … 学術的なサポート、分析
  • フライブルク大学病院環境医学研究所 … 環境医学の専門サポート
  • 木造建築の工務店連盟 … 木造建築のスタンダード、経験の提供
  • 建築家 … 設計の基本格子のコンサルタントと高品質木造建築の設計
  • 環境法学専門家 … 環境法に係わるコンサルタント、契約に関する助言
  • ネイチャープラス … 環境配慮建材の国際認証機関
  • ハウスメーカー
  • 分析機関

プロジェクトは、フライブルク市内の住宅地「ボーバン」に、センティネル研究所などのコンサルティングにより9世帯が通常の家屋を建築するのと同様に費用を負担し、化学物質に配慮した住宅をコーポラティブ方式で建設することにより進められました。

住宅建設に使用する建材は全て評価・分析を行い、施工マニュアルを作成し、技術者や職人に対する教育マニュアルも作成されました。また、大学病院の協力を得て、特定の物質にアレルギー反応を示す患者を想定した場合の、標準仕様書や契約書の作成も行われました。

以上のように、ケミレスタウン・プロジェクトと同様に様々な分野の専門家によりその知識を結集して推進され、本プロジェクトは完成したのです。

ボーバン住宅地に建設された健康住宅(フォーゲルネスト)の視察

建物は写真のような概観で、木造4階建てで2006年1月~7月にかけて建設されました。

完成から1ヶ月経過後(8月)の濃度測定結果は、TVOC注2):194 μg/m3、ホルムアルデヒド:34 μg/m3で、スイスの認証機関(S-Cert AG)のGI(Good Indoor Air Quality)を取得しています。また、エネルギー消費は40 kw/m2/yearでこれはドイツ一般住宅の40%程度に低く抑えています。(注2:総揮発性有機化合物Total Volatile Organic Compoundsの略)

建材の選定は環境配慮建材の国際認証機関である「ネイチャープラス」で認証された自然素材を中心として選定していますが、それだけでは家を建築することができないため、自然素材以外の建材も使用しました。これについては中立的な立場の検査機関により評価させたものを採用しています。

この評価は2年に1回、サプライヤーにより評価させることで管理しています。ドイツ住宅は一般的に1戸の住宅で300~500種類の建材を使用します。センティネル研究所では約600の建材を選定しそのデータを管理しています。そして、価格と特性を把握し部屋の大きさや使用箇所にあわせた使用量を設定しています。)

住宅建設契約について

では、実際に「健康住宅」を建てたいと思っている人はどうすればいいのでしょうか。施主、工務店、センティネル研究所の関係は以下の通りです。施主はセンティネル研究所のコンサルティングを受けている住宅メーカーや工務店などと契約を結びます。センティネル研究所は施主と直接契約することはありません。

個別設計で目標濃度を設定しその濃度が達成しなかった場合でも問題点は建材や施工にあるとし、コンサルティングに従っていれば目標濃度を超えることはないとのことです。

コンサルティング契約している住宅メーカーや工務店にはセンティネル研究所が提案した健康住宅の基本仕様があります。感受性が高いわけではなく、ただ健康に配慮したいという施主には基本仕様を提案しますが、感受性が高い方については医師による毒性学的な検査を実施し、その問題点を明らかにし、個別設計を行います。個別設計は、目標濃度を設定しそれを達成できる仕様とする場合と施主にその建材が合うかどうかを判断(建材を枕元に置いて寝る、臭いを嗅ぐなどで判定)して決定する場合があります。

施主の話をよく聞き、理解するなどのコミュニケーションも重要です。設計だけでなく施工業者や職人にまでコンサルティングを実施しています。また、選定建材は一般公開せず、提携する工務店等にのみ情報公開して、建材の性能だけが一人歩きしないように配慮しているとのことです。

このほか、ドイツ側各グループの代表者らと意見交換会を行いましたが、内容は専門的ですので割愛いたします。現在、食品不信で代表されるように身近な生活の安全・安心が大きく揺らいでいます。このような中で人々の健康意識はかつてなく高まっており、より知識を高めるために情報を求め、健康なものへはお金を惜しまない傾向が強まっています。

したがってドイツ同様に日本でも今後、真の「健康住宅」を求める要望がますます高まっていくものと思われ、良好な室内空気質の確保のために住宅や家具などのメーカーの一層の研究開発とともに検査体制の充実が望まれます。

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