ボツリヌス菌によるヒトや野鳥の食中毒に関する物語
3. 国内では発生例がないと思われたA型ボツリヌス菌食中毒 2事例の概要と教訓

2025.11.07

2025年11月7日 
一般財団法人 東京顕微鏡院 学術顧問 伊藤 武 

2. 湖、池、沼、海、魚などにおけるC型ボツリヌス菌の分布と予防対策 から続く 

本邦におけるヒトのボツリヌス菌食中毒は、1951年5月に北海道岩内町で、発酵食品であるニシンの「いずし」を原因食品としたE型ボツリヌス菌食中毒が発生したのが最初の報告である。それ以降、北海道以外に秋田県、青森県、岩手県などで同様なE型ボツリヌス菌食中毒が時々認められてきた。さらには滋賀県でも、いずしに類似する魚の発酵食品である「はすずし」によるE型ボツリヌス菌食中毒、また山形県ではサバ缶詰によるE型ボツリヌス菌食中毒が報告され、E型ボツリヌス菌の土壌中の分布や食中毒の防止対策、治療法の調査研究が推進されてきた。

A型ボツリヌス菌食中毒は米国、ロシアなど諸外国に認められ、国内では発生例がなかったことから、A型ボツリヌス菌による食中毒は国内では発生しないと思われていた。ところが1976年に東京都内の家族のA型ボツリヌス菌食中毒事例、1984年には真空包装食品の「辛子蓮根」による大規模なA型ボツリヌス菌食中毒事例が報告され、ボツリヌス菌食中毒への新たな教訓が提言されてきた。

1. ボツリヌス菌の細菌学的特性

ボツリヌス菌は嫌気的な条件(真空状態など)で増殖する嫌気性細菌であり、好気的条件では発育しない。嫌気的な食品内にボツリヌス菌が増殖すると毒素を産生し、毒素型食中毒を起こす。産生毒素の免疫学的特性からA, B, C, D, E, F, Gの7型に分類され、いずれの型も人に病原性がある。発育温度や芽胞の耐熱性は、毒素型により著しく異なる。

A型ボツリヌス菌の発育温度は10℃以上、適温は35~40℃である。芽胞の耐熱性は高く、120℃、4分である。

2. [事例1] 1976年に東京都内で発生したA型ボツリヌス菌による家族内事例と教訓

発生状況:1976年8月12日に家族4名中2名が食欲不振、倦怠感。13日に眼瞼下垂、嚥下困難となり、病院を受診。14日には脱力感、全身麻痺などで入院。15日に症状などから医師はボツリヌス菌による食中毒と考え、患者2名にE型ボツリヌス菌の抗血清による治療を開始した。16日には食中毒の届出が医師から保健所になされた。しかし、19日に患者2名中1名が重篤となり死亡した。

患者からのボツリヌス菌検出:保健所の原因物質調査で、患者2名の血液、糞便、死亡者の各臓器が検査室に届けられた。3病日の患者2名の血液からA型ボツリヌス毒素(写真1)、死亡者1例の糞便からA型ボツリヌス菌が検出され、本食中毒はA型ボツリヌス菌食中毒と判定された。

ボツリヌス毒素の症状が出たマウスの写真
特異症状は腹壁の陥没

写真1. 患者の血清接種マウスにおけるボツリヌス毒素の症状

原因食品の検査:患者(姉妹)2名は夏休みのために、両親とは別に2人で昼食を取った。しかも家族旅行が予定されていたので、家庭内の喫食食品はすべて破棄されていた。最も疑われた、生で喫食した「さつま揚げ」は腐敗臭があったために母親が当日に破棄していた。家庭に保管されたマグロなどの缶詰、じゃがいもや、自宅の土壌など40検体を検査したが、いずれからもボツリヌス菌は検出されなかった。

最も疑われた贈答品である「さつま揚げ」は、突然の出来事で家族が精神攪乱となり、その送付元なども聞き取りができなかったことは調査の限界であったのだろう。原因食品は不明となったが、患者はすべて国産食品を喫食しており、日常のいずれかの食品にA型ボツリヌス菌汚染があったと推察される。

教訓:それまでの国内のボツリヌス菌食中毒はE型ボツリヌス菌が中心であったことから、E型ボツリヌス菌抗毒素が投与された。その後はボツリヌス菌治療用の抗毒素血清は、E型だけでなく全ての型の保存が提言された。検査機関には、E型ボツリヌス菌以外にA型ボツリヌス菌などの検査技術習得が望まれた。

3. [事例2] 1984年6月から7月にかけて発生した真空包装の辛子蓮根によるA型ボツリヌス菌集団食中毒の事例と防止対策の提言

初発の発見:宮崎県の医師は、1969年に輸入キャビアによるB型ボツリヌス菌食中毒患者を診断した経験があり、今回6月22日に来院した4名の患者に以前の同型菌症状と類似の嘔気、言語障害、神経障害、呼吸困難が認められたことからボツリヌス症と診断し、保健所に届けられ、調査が開始された。患者の血清からはA型ボツリヌス毒素が証明されたし、患者が喫食した熊本産の真空包装の「辛子蓮根」からもA型ボツリヌス菌が検出され、熊本県の辛子蓮根製造工場が特定された。
本食品はお土産用であり、不特定多数の人びとが購入しており、広域にわたるA型ボツリヌス菌食中毒の危険性があることから、元厚生省は7月24日に「ボツリヌス菌食中毒調査検討委員会」(委員長は大阪府立大学の坂口玄二他7名)を発足させ、細菌学的、疫学的、原因究明等の検討が進められた。

患者の発生状況:宮崎県からの報道の後、連日「真空包装辛子蓮根」によるA型ボツリヌス菌患者が報告された。患者は6月14日から28日にかけて、宮崎県の他、長崎県、京都府、愛知県、千葉県、東京都など14都道府県にまたがり、患者総数36名、死者11名となった(写真2)。

新聞記事2点

写真2. 当時の新聞報道

製造方法(図1):通常の辛子蓮根は夕方に販売店で、油で揚げられ、即日に販売される惣菜であり、それまでには食中毒事例は報告されていない。この度の製品は「土産物」として「真空包装された辛子蓮根」であり、長期間にわたり、室温に保存・流通された製品であった。

図1. 真空包装辛子蓮根の製造工程

製造工程の図 蓮根洗浄から室温販売まで

①熊本県の蓮根を水に漬け、10分煮沸し冷蔵保存。
②カナダ産の辛子味噌を①の蓮根の穴に製造機器で詰め、冷蔵保存。
③小麦粉と脱脂大豆で衣を作り、②に振りかける。
④油で揚げる(油の温度は180℃、15分)。
⑤真空包装あるいは一部脱酸素材で真空包装とする。
⑥80℃で1時間殺菌処理のうえ室温で保存し出荷。

製造過程で加熱処理がなされているが、A型ボツリヌス菌芽胞は121℃以上でなければ死滅しないことから、今回の製造工程では芽胞は死滅しなかった。(180℃の油で揚げても、辛子蓮根の中心温度は121℃以上にはならない。)
真空包装したことにより、生存したA型ボツリヌス菌が製品内で増殖し、毒素が産生されたと考えられた。産生されたボツリヌス毒素は加熱で失活するが、本製品は加熱しないでそのまま喫食する食品であった。

製造に使用した原材料の検査
熊本県衛生公害研究所による原材料の汚染調査では、熊本産の生蓮根100検体中3検体、生からし粉3検体全部からA型ボツリヌス菌が検出された。脱脂大豆粉末、鰹節調味液、ステビア抽出物、小麦粉からはボツリヌス菌は検出されなかった。また、蓮根包装袋の洗浄液49検体中1検体からC型ボツリヌス菌が検出された。 

保存された真空包装辛子蓮根からのボツリヌス菌毒素検出
熊本県衛生公害研究所では、保存された真空包装辛子蓮根のA型ボツリヌス毒素の検査を実施したところ、6月4日、8日、11日、12日、14~17日など、長期間にわたる製造日の製品からA型ボツリヌス菌が検出された。このことから、製造工場内の機器や環境、原材料からの連続汚染が推察される。当時はまだ遺伝子学的検査技術が開発されていないことから、患者からの菌株、真空包装辛子蓮根分離株、原材料由来株の遺伝子学的検討がなされていないことは残念である。    

真空包装辛子蓮根や原材料中でのA型ボツリヌス菌の発育態度の検証実験

10℃、15℃、20℃、25℃保存の真空包装辛子蓮根中のボツリヌス毒素:
辛子蓮根業者から調製された辛子蓮根にA型ボツリヌス菌芽胞を40000個接種し、真空包装後、10℃、15℃に7日、15日、30日間の保存後でもボツリヌス菌毒素は検出されなかった。
20℃では15日保存で一部少量の毒素が認められたが、サンプルによりバラツキが大きかった。
25℃の7日間保存で、一部少量の製品に毒素が検出された。15日間保存では大量のA型ボツリヌス毒素が検出された(表1)。

表1. 25℃で真空包装辛子蓮根を保存した際のA型ボツリヌス毒素の産生

日数ボツリヌス菌の菌量/gボツリヌス毒素LD50/g
11.1x102
26.0x102
43.0x103
72.3x105
5.4x106
100
100
92.6x105
1.9x106
100
100
151.5x106
4.5x106
14850
13029
投与ボツリヌス菌量 100個

「真空包装辛子蓮根」を25℃で保存した場合の他、真空包装した辛子味噌や加熱蓮根でもA型ボツリヌス菌と毒素の産生は良好であった。

A型ボツリヌス菌患者と熊本県の最高気温と最低気温
A型ボツリヌス菌食中毒患者の発生と気温の変動を(図2)に示した。当時の熊本県の気温は例年と異なり2~3℃高く、ほとんどの日で最高気温が25℃を上回り、真空包装辛子蓮根におけるA型ボツリヌス菌毒素の産生が良好であったと考えられる。

図2. 真空包装辛子蓮根によるボツリヌス菌患者と熊本県の気温

予防対策の提言

北海道、東北地方や滋賀県ではE型ボツリヌス菌食中毒が頻発していたことから、海岸、河川、湖・池などの土壌を対象にボツリヌス菌検査が実施され、E型ボツリヌス菌が高濃度に分布することが明らかにされてきたし、「いずし」など発酵食品製造の衛生管理が徹底されてきたことにより、これらの食中毒菌は著しく減少した。

今回の真空包装辛子蓮根は80℃の加熱であり、A型ボツリヌス菌芽胞を死滅させられなかった。真空包装したことにより保存・流通期間にA型ボツリヌス菌が増殖し、食中毒を起こしたことが検証された。この食中毒事件を契機に、真空包装の食品は10℃以下の低温流通・保存が義務づけられた。
※120℃ 4分以上 又は同等の加熱加圧殺菌がなされ、「レトルトパウチ食品(容器包装詰加圧加熱殺菌食品)」「常温保存」と表示されている製品のみ、直射日光を避けた常温でも保存できる。

おわりに

秋田県の土壌、あるいは青森県の淡水魚からA型ボツリヌス菌が少数例分離されたことが報告されている。また著者らは東京都内の土壌はC型ボツリヌス菌分布が高いことを述べたが、E型ボツリヌス菌もまた検出されていることを報告した。
ボツリヌス菌はどの国、地域にも分布するが、菌型や汚染頻度に大きな相違がある。したがって、食品へのボツリヌス菌汚染には、特定の型に限定しない予防対策を構築しておかなければならないと考える。

参考資料

1) 坂井 千三 他:臨床と細菌、4,15,1969
2) 阪口 玄二 :食品と微生物、2,4,1985
3) 道家 直 他:食品と微生物、2,2,1984
4) 伊藤 武 他:食品と微生物、3,33,1986

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