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においとシックハウス症候群の関係

トピックス : 室内環境検査

-中岡氏(千葉大学大学院)らの受賞研究の意味するところ-

2013年4月5日
一般財団法人 東京顕微鏡院 技術顧問
農学博士 瀬戸 博

シックハウスの陰に「におい」あり

シックハウス症候群は、住宅の高気密化が進み、建材などから発生する化学物質などが原因となって起こる健康影響です。その症状は、目がチカチカする、鼻水、のどの乾燥、吐き気、頭痛、湿疹などが代表的なもので、人によってさまざまな症状がでるのが特徴です。

ここで、おわかりのようににおいについては触れられていません。においとシックハウス症候群は関係ないのでしょうか?実は、多くのシックハウス事例で被害者が「臭気を感じた」ことが報告されています。にもかかわらず、意外にもにおいとシックハウス症候群の関係は学術的に論じられることがほとんどなかったのです。この問題を解明するには、化学計測、医学、建築の専門家が協同して取り組む必要があります。

千葉大学の研究チームが、ボランティアによる体感評価の研究を進めたところ、においとシックハウス症候群との関係が見えてきました。定量的に評価しにくい「におい」の世界に踏み込み、シックハウス症候群との関連を研究したユニークな点が評価され、今回の受賞(室内環境学会大会長奨励賞)につながったと考えられます。研究は緒に就いたばかりですが、研究の背景や意味するところを解説いたします。

「におい」をどのように量るか

臭気の測定では、試料空気を無臭空気で臭わなくなるまで希釈したときの、その希釈率から「臭気濃度」を求めます。この方法は、においを嗅ぐパネルと呼ばれる熟練した試験員が複数名必要です。したがって、多くの測定点で実施するのは実際上困難です。

そこで、本研究では環境省が公表している臭気閾値のデータに加え、千葉大学が独自に測定した臭気閾値データを用いて、「臭気濃度」に相当する「臭気閾値比」(OTR)を求め、症状との関係を解析しました。

「臭気閾値比」は化学物質濃度を、その物質の臭気閾値で除した値です。「臭気濃度」はヒトがどのように感じるかを示す主観的官能評価尺度ですが、「臭気閾値比」は化学物質の測定結果に基づく、客観的なにおいの評価尺度といえます。

研究方法と結果の概要

実験場所は千葉大学柏の葉キャンパスのケミレスタウン内に建設された3棟の戸建住居型実証実験棟(リビングルームと寝室)です。化学物質の測定回数は76回、延べ218名による化学物質に対する感受性を調べる問診(QEESI試験)を実施後、体感評価を行いました。

総揮発性有機化合物(TVOC)と総臭気閾値比(TOTR)は全体としてよく相関し、特にTVOCが厚生労働省が設定した暫定目標値400マイクログラム/m3以上で相関が強く、400マイクログラム/m3以下では相関が弱くなりました。また、TVOCが400マイクログラム/m3以下であっても、TOTRが高くなると化学物質に敏感な方は症状が出やすいことがわかりました。

このことは、ヒトの健康影響を評価する場合、TVOCという化学物質濃度というものさしだけでは不十分で、新たに「臭気閾値比」(OTRまたはTOTR)というものさしを加えることで、シックハウス症候群の未然防止に有効となる可能性を示しています。

ヒトにとって「におい」とは

多くの哺乳類にとって嗅覚は、周囲の状況把握、食料の探索、危険の察知、仲間とのコミュニケーション、縄張りの主張、異性との出会いなど、生命維持に不可欠の機能です。ヒトなど霊長類では、視覚が発達したため嗅覚の役割が相対的に低下していると考えられています。

匂い(にほひ)は古代、色鮮やかに輝くさまを表現する言葉でした。万葉集四一三九に「春の苑紅にほふ桃の花下照る道に出で立つ乙女」大伴家持 とあります。意味は、春の庭園の、真っ赤に美しく色づいている桃の花の下の、美しく照り映えた道に出て立っている少女よ、ということです。また、香しい匂いという意味もあります。不快なにおいを感じる場合は「臭し」、「臭う」と表記します。古代の人の感覚では、眼で見ている世界と匂いの世界は共通していたのかも知れません。近年になって、色とにおいは似たような分子的受容メカニズムにより認識されていることが発見されましたが、科学が未発達であった古代の人の感性には驚くばかりです。

嗅覚は視覚に比べなんとなくあいまいで主観的な感覚です。しかし、大部分の哺乳類にとっては、嗅覚こそが重要な感覚器官です。その大事な嗅覚ですが、分子生物学的な理解は1991年にバックとアクセルによる嗅覚受容体の発見(2004年ノーベル医学・生理学賞)まで待たねばなりませんでした。嗅覚受容体は、におい分子と結合して活性化し、その情報は嗅細胞-糸球体-嗅球へと伝達され、脳がにおいをパターン認識します。その後の研究により、「1細胞-1受容体ルール」、「1受容体-1糸球体ルール」があることがわかりました。ヒトでは約400の嗅覚受容体がありますが、におい分子と嗅覚受容体との対応関係は1対1ではなく多対多であること、そのため我々は嗅覚受容体の数以上のにおい分子に対応でき、濃度によるにおいの質的変化も感じることなどがわかりました。

においの情報は嗅球から嗅索を経て前梨状皮質、大脳辺縁系といわれる扁桃体、海馬、視床下部、さらに大脳皮質嗅覚野(眼窩前頭皮質)などに伝わり、色々な情報処理をされてにおいとして認識されます。嗅覚は他の感覚と異なり直接大脳辺縁系に情報が伝達されます。大脳辺縁系は情動、記憶、自律神経、内分泌機能などに関係しており、これらが嗅覚刺激により修飾されると考えられますが、まだよくわかっていないのです。

一方、呼吸器から吸収された空気中の一部の化学物質は、血流に乗って各種臓器や脳に到達します。この場合は、においとして認識されることはなく、粘膜刺激や神経系などへの影響が想定されます。

今後の課題

においは比較的あいまいな感覚ですが、分子レベルでみるとにおい分子の数に応じて受容体が活性化し、身体に作用していることは間違いないでしょう。

シックハウス問題の解決のためには、従来のように化学物質の量的問題だけでなく、嗅覚刺激にも着目し、においの質的、量的評価が欠かせないと考えられます。「臭気閾値比」を活用した室内空気質の評価法は、シックハウス症候群の未然防止に有用なツールの一つとなるでしょう。

今後は、データの集積と詳細な解析を進めるとともに、簡易な臭気センサーの活用など、現場での実態に即した試験法を開発することが望まれます。

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