食品従事者の健康管理 ~特に腸管系病原菌保菌者検査について~

2012/2/1
財団法人東京顕微鏡院
遠山一郎、柿澤広美、渡辺勝男、岡元 満、津藤通孝、吉田雅子、吉川百合、安藤桂子、伊藤 武

まえがき

わが国に発生する微生物による食中毒の主な原因菌はノロウイルス、カンピロバクター、サルモネラ、黄色ブドウ球菌、腸炎ビブリオ、腸管出血性大腸菌、ウエルシュ菌、セレウス菌である。原因施設では飲食店が最も多く、全体の約65%を占めているし、学校や事業所の給食も大規模で発生することから、これらの施設では高度な衛生管理を推進していかなければならない。

食中毒防止対策としては施設・設備などのハードと原材や、食品の取り扱いなどソフト面からの様々な対策が進められている。食品従事者が保菌する赤痢菌、サルモネラ、腸管出血性大腸菌が食品を汚染するリスクがあることから従事者の健康管理として、食品従事者の保菌者検査が実施され、病原菌陽性者については事業者の自主管理として就業制限が実施されている。

食品従事者糞便の検便(腸内細菌検査)の法的根拠について紹介し、当院で実施した食品従事者糞便の検便(腸内細菌検査)成績について紹介する。

食品従事者糞便の検便(腸内細菌検査)の法的根拠

1.感染症法と就業制限

1998年に公布された「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律」(感染症法)1)では三類感染症に類別された赤痢、腸チフス、パラチフス、コレラの各疾患は飲食物を介して経口感染を起こすことから、これらの経口感染症の患者あるいは病原体を保菌する無症状者(健康保菌者)は食品に直接接触する業務に携わることが禁止されている。従って、食品従事者は日常からこれらの感染症に罹患しないための健康管理が求められている。

また、糞便の細菌検査により、腸管出血性大腸菌、赤痢菌、チフス菌、パラチフスA菌が検出されないこと、あるいはこれらの腸管系病原菌が陽性の場合には食品に直接接触する業務に就かない就業規制がある。赤痢、腸チフス、パラチフスの感染源は患者あるいは健康保菌者の関与が高いこと、腸管出血性大腸菌感染症は極めて少量で感染し、重症化する疾患であること、さらには本菌は主に牛が保有するが、本菌の患者や健康保菌者が食品や環境汚染に関与することもあることから、食品従事者への就業制限が課せられている。

なお、コレラに関しては日常的に国内で流行している疾患ではないので、コレラ菌は食品従事者の保菌者検査の対象にする必要はないだろうと考えられる。

2.大量調理施設の衛生管理マニュアルと就業制限

大規模食中毒対策として1997年3月に厚生省から通知された「大量調理施設の衛生管理マニュアル」2)には調理従事者が保有している腸管系病原菌が食品を汚染し、食中毒の発生になることを防止するために、調理従事者の腸管系病原菌の検査を義務づけている。

調理従事者の衛生管理として必要な病原菌は赤痢菌、チフス菌、パラチフスA菌および腸管出血性大腸菌O157であり、月1回以上の検便検査を求めている。この通知は同一メニューを一日300食以上提供するか、または一日に750食以上提供する施設に適用している。

ただし、国内で発生する食中毒は大規模施設以外の中小規模な飲食店などでの発生も多いことから、同一メニューを一日300食以下または一日に750食以下を提供する中小の調理施設にも適用することとされた(1997年6月30日通達)。これにより小規模な飲食店やファミリレストラン、ファーストフードなど全ての調理施設は本マニュアルに沿った衛生管理を推進していかなければならない。

図1には大規模食中毒(患者数が500名以上)の発生状況を示したが、1989年から1996年間の大規模食中毒の発生件数は年間5件以上であったが、本マニュアルが浸透し、それに従った衛生管理が積極的に推進された結果、1999年以降では大規模食中毒の発生数は著しく減少してきた。

原因となった微生物は 1999年までではサルモネラ属菌が最も多く、次いで腸管出血性大腸菌などの病原大腸菌、ウエルシュ菌、カンピロバクターであった。2000年以降ではサルモネラ属菌による食中毒が著しく減少したし、腸管出血性大腸菌、カンピロバクター食中毒もかなり制御された(図2)。

しかし、ノロウイルスによる大規模な発生は2001年以降で14事例認められており、食品従事者の健康管理や手指の洗浄・消毒の徹底が必要であり、2008年に「大量調理施設の衛生管理マニュアル」が一部改正となった。改正された本マニュアルでは食品従事者はノロウイルスに感染しないためにカキなどの生食を避けること、ノロウイルスに感染した食品従事者の就業制限が明記された。

また、必要に応じて10月から3月の期間では検査対象としてノロウイルスを含めることとされた。従来はノロウイルス食中毒の原因食品はカキなど二枚貝が主要であったが2000年以降からは食品従事者が保有するノロウイルスが手指などを介して食品汚染を起こす事例が著しく増加してきたためにノロウイルス感染者の就業制限となった。

国内の腸管出血性大腸菌感染症はO157が主流であるが、O26やO111も高く検出されていることから調理従事者の糞便検査にO26とO111の検査が追加された。

3.学校給食法と就業制限

学校給食は1951年制定された学校給食法により、教育の一環として実施されている。

従って、学校給食の衛生管理は、保健所からの「大量調理施設の衛生管理マニュアル」に準拠した指導があるが、文部科学省からは学校給食衛生管理の基準が1997年に制定され、本基準に基づいた指導が実施されてきた。2008年には学校給食法が一部改正となり本基準が学校給食法に組み込まれ、法制化された。

本基準では学校給食従事者の健康管理として、月2回以上の検便(赤痢菌、チフス菌、パラチフスA菌および腸管出血性大腸菌O157)が義務化され、これらの腸管系病原菌陽性者には就業制限が課せられる。また、ノロウイルス感染者の就業制限は「大量調理施設の衛生管理マニュアル」と同様である3)

4.食品従事者からの腸管系病原菌検出状況

当財団では1984年から食品従事者の糞便からの腸管系病原菌(赤痢菌、チフス菌、パらチフス菌、その他のサルモネラ属菌)の検査を開始した。さらに1997年以降は腸管出血性大腸菌O157の検査を受注してきた。2008年からはこれらの病原菌の他に高い衛生管理を希望される食品事業者からは、腸管出血性大腸菌O26、O111或いはノロウイルスの検査を受託している。表1には1993年から2010年までの18年間の食品従事者糞便からの腸管系病原菌検出率を示した。

4-1)サルモネラ属菌の検出率

赤痢菌、チフス菌、パラチフス菌、その他のサルモネラの検査にはSS寒天、或いは改良SS寒天を使用し、常法により生化学的性状試験、血清学的試験により同定した4-6)

年次により検査件数にはばらつきが認められるが、年間100万件以上の検査を実施している。赤痢菌、チフス菌、パラチフスA菌は健康保菌者検査からは検出されていない。

サルモネラ属菌の年間の陽性率は1997~2003年では0.01~0.017%であるが、2004年以降では検出率が年次ごとに高くなり、2010年では0.037%となっている。食品従事者からのサルモネラ属菌の陽性者はその殆どが食品からの感染によるものと推察され、国内流通食品のサルモネラ属菌汚染率が高まりつつあるのでないかとも推察される。

4-2)検出されたサルモネラのO群

食品従事者から検出されたサルモネラのO血清群は、O4、O7、O8、O9、O3,10、O1,3,19、O13、O16、O18、O28など16のO群であり、多岐にわたっている。主要な血清型はO4群、O7群、O8群、O9群であり、これらのO群が全分離菌株の95%を占めている。しかし、これらの主要なO群の検出率は年次により変動している(図3)。

O7群は毎年分離菌株の35%前後を占め、常に高い検出率である。O4群は2004年以降増加の傾向があり、2010年では分離菌株の27%となっている。O8群も2006年頃より増加し、最近では分離菌株の20%となっている。O9群は1996年頃では27%と高く検出されていたが、それ以降暫時検出率が減少し、2010年ではO9群の陽性率は分離菌株の10%である。なお市販のサルモネラ診断用O群血清で群別出来ない菌株が毎年3~8株認められる。これらの群別出来ない菌株は生化学的性状がサルモネラに一致するし、デンカ生研のサルモネラの抗鞭毛血清(サルモネラLA)に凝集することから市販血清に含まれないO群であると推察される。

下痢症患者からのサルモネラの報告数ではO9群(S.Enteritidis)が高率に検出されていたが、最近でも分離菌株の34%がO9群(S.Enteritidis)であることからして、保菌者由来株に占めるO9群は極めて低いと云えるだろう。 

4-3)腸管出血性大腸菌O157の検出率

腸管出血性大腸菌O157はCT-SMAC寒天、或いはO157検出用の酵素基質培地、O26とO111の分離には酵素基質培地を使用した。検出された腸管系病原菌は生化学的性状並びに血清型検査により同定した。また、ベロ毒素の証明はラテックス凝集反応(VTEC-RPLA:デンカ生研)によりベロ毒素の産生及びPCR法によりベロ毒素遺伝子の検出によった5)

腸管出血性大腸菌O157の検出率は1997~2004年では殆どが0.001%以下の低い検出率であった。2005年以降では0.0011~0.0024%であり、近年、食品従事者からの腸管出血性大腸菌O157の検出率が増加してきている。分離菌株のベロ毒素型はVT 1が分離菌株の10.3%、 VT 2が56.9%、VT 1 & VT 2が32.8%であり、VT 1産生株が少ない。なお、O157に凝集が認められ、集落の性状や生化学的性状がO157に該当するが、ラテックス凝集反応で陰性あるいは弱陽性の菌株が21株検出されたが、遺伝子検出ではすべて陽性菌株であった。

食品従事者の腸管出血性大腸菌O157保菌は牛肉やレバーの生食或いは焼肉との関連性も無視できないだろうし、家族内感染も考慮しなければならないと考える。

2008年からは一部の材料について腸管出血性大腸菌O26、O111も対象として検査した結果2009年に12名(0.0033%)、2010年では16名(0.0041%)が検出され、検出菌株28株中の1株以外は全てがO26であった。食品従事者からは腸管出血性大腸菌O157よりもO26の検出率が高いことは興味ある成績であるが、今後の動向を監視していきたい。

5.保菌者検査データーの活用

保菌者検査データーの活用としては東京都福祉保健局は図4に示すように腸管系病原菌陽性者の就業制限により、食中毒の発生や拡大防止への主要な役割の他に、食品従事者の検便(腸内細菌検査)データーは散発型集団食中毒の早期発見や原因究明への手がかりにも活用できることをあげている7)。当財団では食品従事者の検便検査を全国的に展開しており、検便(腸内細菌検査)データーから広域集団発生の早期発見に活用できると考えている。

1999年にイカ乾燥品を原因食品とし、S.OranienburgとS.Chesterによる大規模食中毒が発生した。患者発生は1999年1月頃から認められていたが、食中毒としての探知は遅れ、1999年3月である。原因食品となったイカ乾燥品がコンビニなどを介して全国に販売されていたことから、患者は北海道から沖縄まで全地域に分布した8)

当院においても食品従事者の保菌者検査から1999年1月にイカ乾燥品と同一のS.Oranienburgが1菌株検出され、2月が2株、3月が17株、4月が最も多く29株、以降検出数は減少したが、8月までにS.Oranienburgが70菌株が分離された(図5)。

検出された地域は岩手、山梨、新潟、栃木、茨城、山梨、千葉、神奈川、静岡、岐阜、愛知、三重、大阪、兵庫、広島、福岡、佐賀、長崎の18府県である。食品従事者から検出されたS.Oranienburgがイカ乾燥品による広域食中毒との関連を明らかにするために、パルスフイルド電気泳動解析を元東京都立衛生研究所の甲斐明美部長にお願いした。

図6に示すごとく食品従事者から検出されたS.Oranienburg 5菌株および当院でイカ乾燥品から分離されたS.Oranienburg 5菌株のパルスフイルド電気泳動像は対象菌株として元東京都立衛生研究所で患者やイカ乾燥品から検出された4菌株と同一パターンであった。

また、これらのパルスフイルド電気泳動像は小川ら9)や森野ら10) が川崎市や和歌山県でイカ乾燥品の流行から分離されたS.Oranienburgと同一パターンであると推察された。

すなわち、S.Oranienburgが検出された食品従事者も全国的流行を起こしたS.Oranienburg食中毒と関連することが示唆された。

S.Oranienburg陽性者についてアンケート調査を一部実施した結果、回答があった9名のち3名は軽度な下痢や、腹痛を認めていた。また、3名は乾燥イカを喫食していることが確認できた。

 今回の事例に関してはS.Oranienburgによる広域的な流行であることが報告されて以降に分子疫学解析を行った結果、食品従事者から検出された菌株も本流行との関連性が明確にされた。食品従事者から検出された特定な血清型の菌株についてパルスフイルド電気泳動解析などを実施することにより、広域的な散発型集団発生の流行の探知に活用できると考えられる。

まとめ

 当財団で実施した食品従事者の検便(腸内細菌検査)のデーターを明示したが、2005年以降のサルモネラ属菌の陽性率は0.022~0.037であり、陽性率の増加が認められた。高率に検出されたサルモネラ属菌は、O4群、O7群、O8群であった。O4群の検出率は近年減少傾向であった。

 腸管出血性大腸菌O157の陽性率は0.0011~0.0027%であった。また、腸管出血性大腸菌O26はO157よりも高い検出率であった。

  食品従事者の検便(腸内細菌検査)により、陽性者は就業制限があり、食中毒の未然防止としての重要な役割があるが、検出された病原菌の血清型の偏りや施設や期間或いは地域に特定な偏りが認められる際にはパルスフイルド電気泳動など分子疫学解析により散発型集団発生の早期発見に貢献できるものと考える。

 なお、食品従事者が保有するノロウイルスが食品媒介となる事例が多いことから、食品従事者からの本ウイルスの検査と就業制限がノロウイルス対策として有効であると考える。


【参考文献】

1)厚生労働省:感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律、法律第114号、 公布平成10年10月2日
2)厚生労働省:大量調理施設の衛生管理マニュアル、衛食85号、平成9年3月24日
3)文部科学省:学校給食衛生管理基準、告示第64号、平成21年3月31日
4)赤痢菌及びサルモネラ属菌の健康保菌者検査マニュアル、食の安全と微生物検査、1、Sup,3-10,2011
5)腸管出血性大腸菌O157の健康保菌者検査マニュアル、食の安全と微生物検査、1、Sup,11-15,2011
6)腸管出血性大腸菌O26およびO111の健康保菌者検査マニュアル、食の安全と微生物   検査、1、Sup,17-27,2011
7)東京都福祉保健局食品衛生の窓:
 htpp//www.fukushihoken.metro.tokyo.jp/shokuhin/hokinsya/
8)厚生省:サルモネラ食中毒について、食品衛生研究、49,(6),99,1999
9)小川正之ら:川崎市で発生した「バリバリいか」によるSalmonella Oranienburuga食
 中毒の概要、病原微生物検出情報,20(5),112、1999

10)森野吉晴ら:イカ菓子が原因とみられるサルモネラ食中毒事例のパルスフィ-ルド
 電気泳動による解析、病原微生物検出情報,20(6),138、1999  

【謝辞】

パルスフイルド電気泳動を実施していただいた東京都健康安全研究センター微生物部長甲斐明美博士に深謝致します。

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