ノロウイルスの食品や環境における生存性

2017年3月31日更新
一般財団法人東京顕微鏡院 理事
食と環境の科学センター 名誉所長 伊藤 武

平成29年2月17日にセンタ-方式による学校給食(立川市)においてノロウイルスを原因として7小学校の学童1,098名が発症しました。調査の結果16日に提供された「親子丼ぶり」からもノロウイルスが証明され、本食品が原因食品と考えられました。さらに追及したところ「親子丼ぶり」にトッピングされた刻み海苔14件中4件から患者と同一遺伝子のノロウイルスが検出されて、刻み海苔が原因であることが明らかにされました。刻み海苔を製造した会社の裁断機、トイレなど8か所からも同一ノロウイルスが検出された、刻み海苔製造業でノロウイルスが製品の海苔に汚染したと判断されました。本工場の従業員1名が昨年の12月に胃腸炎症状(ノロウイルスの感染の可能性がある)が見られていることから、その際に工場内の環境や手指がノロウイルスで汚染されたと考えられました。製造された刻み海苔に汚染したノロウイルスは1ヶ月以上生存していたことになりますが、それほど長期間に渡りノロウイルが生存できるのでしょうか。
ノロウイルスが環境でしぶとく生き抜くことを明らかにした報告をもとに解説します。

1.Doultreeらのネコカリシウイルスによる実験

ノロウイルスは組織培養、鶏卵培養あるいは実験動物の感染実験が出来ないことから組織培養の可能なノロウイルスに類似するネコカリシウイルスやマウスノロウイルスが代替えウイルスとして実験に利用されています。Doultreeらは1999年に環境の温度条件とネコカリシウイルスの生存性について組織培養により実験を行った成績が報告されています。図1のごとく水中のノロウイルスは温度条件に大きく生存性が左右されています。37℃では10日で検出以下となったが、20℃では20日までは生存が確認され、4℃では40日以上の生存が確認されています。

図1.水中におけるネコカリシウイルスの生存性
(Doultree et al、1999)

ネコカリシウイルスをスライドグラスに塗抹して乾燥させて実験を行った成績では37℃、25℃、4℃に保存したところ、37℃では1日で検出以下となりましたが、25℃では20日以上の生存、4℃では55日以上の生存が確認され(図2)、低温条件では乾燥しても驚くなかれ、1カ月以上生存すると推察されました。

図2.乾燥状態におけるネコカリシウイルスの生存性

2.Matitisonらの食品やステンレス表面でのネコカリシウイルスの実験

図3、4に示す如くMatitisonら(2007)はレタス、イチゴ、ハムの表面にネコカリシウイルスを塗抹し、4℃の室温に保存しました。室温保存のレタスではネコカリシウイルスは3日まで、イチゴでは1日の生存が確認されました。しかし、4℃保存では更に長く生存し、レタスで1週間まで、水分の高いイチゴでは5日まで生存することを認めています。水分量が少ないハムでは室温であっても7日まで生存が確認されています。
ステンレス表面のネコカリシウイルスは室温4℃で1週間は十分に生存していました。

図3.食品等に付着させたネコカリシウイルスの生存
(Mattison ら、2007年)

図4.食品等に付着させたネコカリシウイルスの生存
(Mattison ら、2007年)

3.高橋迪子らのパン表面のマウスノロウイルスの生存

高橋迪子らは食パンを原因食品とするノロウイルス食中毒発生があったことから、2014年食品微生物学会でパン表面に付着させたマウスノロウイルスの生存性に関する報告がなされました。食パンに付着させたマウスノロウイルスは20℃保存で5日後でも1オ-ダ-の減少に過ぎず、乾燥状態に抵抗性が高いことを明らかにしました。

以上のごとくノロウイルスの代替えウイルス(ネコカリシウイル、マウスノロウイルス)による実験結果から著者はインフルエンザウイルスと比較してノロウイルスの生存性の高いことをこれまでにも指摘してきました(表1)。

表1.ノロウイルスとインフルエンザウイルスの環境における抵抗性(私信)

今回の食中毒の原因食品である乾燥状態のノリの表面でもノロウイルスは1ヶ月以上生存することが示唆されます。
低温条件では乾燥や水中でもノロウイルスは1ヶ月以上生存することからノロウイルスの流行する冬期ではノロウイルスは長期間生存し、手指や食品、手すり、ノブなどを介して人への感染を拡大しているものと推察されます。

立川市の報告以降、小平市、久留米市、御坊市、大阪府でのノロウイルス食中毒でも同一会社の「刻み海苔」が提供されていたことが明らかにされてきました。
乾燥品については、微生物は早期に死滅すると考えられてきましたが、サルモネラ属菌、腸管出血性大腸菌O157、ノロウイルスは乾燥抵抗性が高いことから、乾燥品であってもこれらの病原微生物が生存し、食中毒の媒介食品となることを認識しなければなりません。また、微生物の乾燥条件下での生存性は菌種により異なることから、微生物の危害要因解析においてはこれらのことを考慮する必要があります。

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