2024.06.25
4.カンピロバクター食中毒の感染源の追求 から続く
2024年6月25日
(一財)東京顕微鏡院 学術顧問 伊藤 武
1972年にButzlerらは下痢患者の糞便からカンピロバクターの検出に成功し、それ以降、カンピロバクター感染症は全世界に蔓延している新興感染症の病原体であることが分かってきた。さらにカンピロバクターの家畜・家禽・野鳥などにおける分布の調査が進み、感染経路も明らかにされてきた。国内においてもカンピロバクター食中毒防止対策が厚労省、農水省、食品安全委員会、各自治体の衛生部によって何度も啓発されてきたが、発生件数は減少していない。食品安全委員会からはカンピロバクターの各種の実験成績や外国の報告を含めてリスク評価が詳細にまとめられてはいるが、具体的な対策までには至っていない。
カンピロバクターは発育性や増殖性が他の食中毒菌と比較してか弱い細菌であるにもかかわらず、食中毒発生例が減少していないのはなぜであろうか。ここではカンピロバクターの食品衛生学的特性を考慮して、農場から食卓まで、つまり肉用養鶏場、食鳥処理場、食肉処理工場、集団給食施設、飲食店、家庭における具体的な予防対策を考えてみたい。
カンピロバクター食中毒の防止対策を構築していくために、本菌が従来のサルモネラや腸管出血性大腸菌O157などの病原菌とは生存性、増殖性が著しく異なることから、まずは本菌の食品衛生学的特性についてふれる。
表1. カンピロバクターの食品衛生上の特性
発育環境: 微好気的条件では温度34~43℃で増殖。28℃以下では発育せずに2日で死滅した。
pHの影響は顕著であり、pH5.0以下及びpH9.0では増殖が抑制された。サルモネラも低いpHには影響を受け、死滅するが、カンピロバクターもpH5.0以下では早期に死滅するし、有機酸では酢酸や乳酸の影響も大きい。
食塩濃度が0.5~2%(微好気的環境)では増殖するが、食塩がない環境では増殖しない。
図1. 各種の温度・pHにおけるカンピロバクターの発育(微好気環境)
食品中の増殖: カンピロバクターは微好気性のために、通常の鶏肉や野菜・惣菜など食品中では発育できない。
生存性: 食品中でのカンピロバクターの生存性は、環境の温度や食品のpH、包装の有無、湿潤や乾燥、増殖する一般細菌などの条件が影響する。食品や食肉中のカンピロバクターは20℃以上では早期に死滅するが、保存温度が4℃の場合、3日~1週間以上生存する。
乾燥には弱く、実験的に濾紙に付着させた菌を乾燥させ、室温に保存した場合、サルモネラや大腸菌は15日以上生存するが、カンピロバクターは3時間以内に死滅する。
図2. 乾燥状態におけるカンピロバクターの生存性
湿潤な食品中では、環境の温度条件により左右されるが10℃以下では長時間生存する。
例えば輪切りにしたキュウリに添加したカンピロバクターは37℃では3日以内に死滅したが、4~25℃では好気条件でも3日以上生存する。
図3. キュウリに接種したカンピロバクター生存
野菜サラダでも25℃保存では2日以内に死滅、5~10℃では7日以上生存した。
殺菌した鶏肉中のカンピロバクターは23℃保存では1週間以上生存するが、鶏肉を好気的条件で25℃に保存した場合には、一般細菌が急速に増殖してカンピロバクターは死滅していた。
ハンバーグに接種したカンピロバクターも4℃では10日以上生存した。
ハムやソーセージなどの加工食品中では水分活性も低く、短期間で死滅し、これらの加工食品が原因となった事例は報告されていない。
凍結牛肉中のO157は9ヶ月でも生存するが、凍結した鶏肉中のカンピロバクターは乾燥のため徐々に死滅する。
鶏肉を真空包装やガス置換包装し、冷蔵庫に保存した場合には、1ヶ月でも生存する。
飲料水中のカンピロバクターは、汚染している一般細菌叢の増殖の影響のため変動はするが、4℃の保存では20日以上生存する。
加熱条件: 他の病原菌と同様に75℃、1分以上の加熱で死滅する。
ヒヨコはカンピロバクターを保有していないが、養鶏場でヒヨコを飼育し、日時が過ぎると糞便からカンピロバクターが検出されることから、飼育環境からの感染が考えられる。予防には飼育環境の衛生対策が最も大切である。例えば、
・新しく雛を導入した鶏舎に入る際、あるいは鶏舎ごとに、長靴など履物、衣類、手袋を交換すること。
・床を乾燥させること。床などが湿潤となることを極力少なくすること。
・水飲み場付近は湿潤になりやすいので常に乾燥状態を保つこと。
・飲料水は消毒薬を投入した水を使用すること。
・最も対策が困難であるが、ネズミ、ハエやコガネムシなど昆虫がカンピロバクターを保有することがあるので、鶏舎内へ侵入させないこと。カラスやハトなどの野鳥も同様である。
鶏舎への侵入防止や鶏舎周辺への消石灰の散布は鳥インフルエンザウイルス対策として実施されているが、カンピロバクターにも有効と考える。また鶏舎外に落下した野鳥の糞便から昆虫などを介して鶏舎内にカンピロバクターが持ち込まれる危険性があるため、糞便を除去して消毒を行うことも大切である。
・ブロイラーを出荷後の鶏舎は清掃・消毒した後には完全に乾燥させて、カンピロバクターを死滅させ、カンピロバクターがいない環境としてから、新たにヒヨコを導入すること。
現在、食鳥処理施設ではHACCPに従った衛生管理を推進することになっているが、食鳥処理施設はカンピロバクターの制御が最も困難な施設である。作業終了後には使用まな板、包丁など器具・器材・機器などは洗浄・消毒を行い、完全に乾燥させることにより一晩でカンピロバクターは死滅する。作業前の施設などのふき取り検査でカンピロバクターがすべて陰性であることを確認すること。
食鳥処理工程と衛生管理の概略の一例を示し、重要管理点の箇所を赤字で示した。
図4. 食鳥処理(中抜き処理法)工程と重要管理点
工程の衛生管理はHACCPシステムの導入であるが、ゴールは出荷する「と体(解体し、内臓除去した鶏)」のカンピロバクター汚染を少なくすることを目標とする。
鶏の受け入れ時: 糞便中にいるカンピロバクターが解体した「と体」を汚染してしまうため、事前に絶食を励行することでカンピロバクター汚染を少しでも減少させること。搬送中にも鶏同士の接触により羽や体表へのカンピロバクター汚染が顕著であるが、対策は困難であり、今後の課題であろう。
脱羽工程: 脱羽器具の圧迫により総排泄口から腸内容物が漏出し、鶏の体表がカンピロバクターで汚染されるリスクがある。牛のと殺の場合、食道と直腸を結紮し、腸管内の病原菌を漏れ出させない対策が功を奏しているが、食鳥には応用できない。この工程でのカンピロバクター汚染防止には新たな対策の構築が求められる。
解体法: 中抜き法では機器による腸内容物摘出時に腸管が切断されることがあり、カンピロバクター汚染がおこる。腸管の切断を最小限とし、防止できる新たな解体機器の開発が必用であろうが、かなり困難と思われる。
表2. 食鳥場の器具・器材からのカンピロバクター検出
と体の冷却: 冷却水は次亜塩素酸ナトリウムにより、病原菌を低減化できる重要な管理点である。残念ながらラインが稼動するにつれて有機物の汚染が高くなり、残留塩素濃度の低下によりカンピロバクター汚染の減少となっていない。処理方法や消毒剤の検討が求められているが、次亜塩素酸ナトリウムによる冷却槽の処理の後、一晩かけて空冷によりと体を乾燥させる対策、または冷却後に乳酸処理によりpHを下げてから空冷することも検討する必要があろう。
「と場」では内臓を除去した牛・豚の「と体」は出荷前に一晩かけて空冷により「と体」全体を乾燥させている。この処理により牛・豚の「と体」表面のカンピロバクター陽性率が解体直後では32.5%であったが、体表の乾燥により2.5%に減少した実績もある。
なお、食鳥処理施設での作業においてはまな板、作業台、包丁、ふきん、作業者の手指などは常にカンピロバクターの汚染を繰り返している状態である。
表3. 鶏肉加工場の環境におけるカンピロバクターの汚染
鶏肉解体工場: 鶏「と体」から手羽、胸肉、ささ身などの解体施設でのカンピロバクターの二次汚染が極めて高いことから、解体工程や手指、包丁、まな板、容器などの洗浄・消毒をこまめに実施して、二次汚染防止を進めなければならない。
生食の規制: 飲食店でのカンピロバクター食中毒の問題点は、鶏刺しなどやレバーの生食の提供が原因となっていることが圧倒的に多いことである。食品安全委員会では生食の割合を低減させればカンピロバクター食中毒も69.6%低減させられることが示されているし、厚労省や各自治体では鶏肉やレバーを生で提供することを控えるよう啓発しているが、全く守られていない。大腸菌群などの衛生指標菌やカンピロバクターの検査により安全性を担保する方法は「と体」が小さいことから大量の検査が必要となり、現状では実施が困難であろう。
湯通しや炙り処理によってもカンピロバクター食中毒が毎年発生している。ささ身を98℃、5秒程度の湯通しではカンピロバクターが生存することから、加熱温度管理を徹底しなければならない。鶏唐揚げの場合も180℃、3分以上の加熱によりカンピロバクターは死滅する。
飲食店や集団給食では原因食品不明の食中毒が頻発しているが、これらの事例では鶏肉から手指、容器、包丁、ふきんなどを介して他の食材が汚染されることが多いと考えている。飲食店での鶏肉処理工程を他の調理工程から独立したラインとし、手指の消毒は勿論のこと、使用器具や包丁なども鶏肉専用とすべきである。
なお、特質すべきこととして「学校給食衛生管理基準」では調理場で鶏肉をカットしないようにし、学校給食におけるカンピロバクター食中毒防止に成功した。これは鶏肉からの二次汚染が防止されたことによると考えられる。
前述に述べたごとく、家庭においては鶏肉や肝臓の生食は絶対に避けること。鶏肉は75℃、1分以上の加熱調理が大切である。
鶏肉を取り扱う場合は鶏肉専用の包丁、まな板を準備し、使用後は熱湯消毒する。鶏肉を扱ったときの手指の洗浄・消毒は勿論である。鶏肉をシンクで洗浄することにより跳ね水や手指などによる二次汚染が認められことから、鶏肉をシンクで洗浄しないこと。冷蔵庫に食肉を保存する場合、カンピロバクターは低温では長時間生存することから食肉類は必ずラップで完全に包み、他の食品への汚染を防止すること。
腸炎ビブリオは好気的環境で猛烈に増殖することから、増殖を抑制する氷冷や温度管理が可能な魚市場において温度管理を重視した法規制が制定された結果、腸炎ビブリオ食中毒は著しく減少した。卵によるサルモネラ(SE)食中毒も鶏卵の保存温度管理、賞味期限の表示、さらには採卵養鶏場におけるHACCPによる衛生管理の推進の結果、減少となった。
生牛肉による腸管出血性大腸菌O157対策は、O157汚染がないことを証明する微生物規格が制定されたし、肝臓の生食も法規制によりすべて加熱することが定められ、生牛肉や肝臓を原因とするO157食中毒は著しく減少してきた。
表4. カンピロバクター食中毒は何故減少しないか
カンピロバクターは食品では増殖できないが、少量菌で感染する。人への感染経路が明確ではあるが、農場や食鳥処理場などで決定的な対策がないのが現状である。また、肝臓からカンピロバクターを適切に除菌できないことから、肝臓の生食は控える法規制ができないだろうか。鶏肉についてはカンピロバクターの特性として乾燥や酸性条件に極めて弱いことから、乾燥や酸性処理工程を導入した衛生管理は一定の効果が得られると考える。
また、原因不明のカンピロバクター食中毒がかなり多いが、殆どが鶏肉からの二次汚染と推定されることから、飲食店、集団給食施設、家庭では、鶏肉の加熱調理と、カンピロバクター汚染を拡大させないために、手洗い、器具器材の熱湯処理など誰でもが実施できる一般衛生管理の充実が重要であろう。新型コロナウイルス感染対策ではワクチンの接種と誰でもが実施できる手洗いと消毒、マスク着用などが励行され、パンデミックを制御できた。
カンピロバクター食中毒対策は養鶏場や食鳥処理場の衛生対策が極めて困難であるが、カンピロバクターの生存性が弱いことを活用した対策および集団給食施設、飲食店、家庭それぞれにおいて誰でも実施できる基本的な衛生管理の継続が求められるであろう。
1. 食品安全委員会:「食品健康影響評価のためのリスクプロファイル ~鶏肉等におけるCampylobacter jejuni/coli~」、2018年5月
2. 厚生労働省: ホームページ、「カンピロバクター食中毒予防について(Q&A)」、「飲食店におけるカンピロバクターによる食中毒予防の指導について」
3. 東京都食品衛生調査会: カンピロバクター食中毒予防対策報告、昭和60年3月
4. 伊藤 武: 食品と微生物、4,10-22,1987年