2025.07.24
2025年7月24日
一般財団法人 東京顕微鏡院 学術顧問 伊藤 武
1. ヒト食中毒やカモなど野鳥の中毒 から続く
野鳥のC型ボツリヌス菌食中毒は1910年頃から米国で認められ、1984年頃までには世界各地域でカルガモなど117種の野鳥の感染が知られ、広範囲な被害が報告されてきた。鶏のC型ボツリヌス菌食中毒も、1962年以降、米国、アルゼンチン、オーストラリア、英国、ブラジル、オランダ、ドイツなどで知られてきた。また、同菌の食中毒では鳥類以外に、ミンク、フェレット、豚、牛、犬、馬などの動物も被害を受けている。
著者らは野鳥のC型ボツリヌス菌食中毒が1973年頃から、東京都の中川とその近隣の千葉県、茨城県でも発生し、大規模な流行であったことを前報で報告してきた。
これまでの野鳥における同菌の食中毒発生により、国内の各地域における池、沼、湖、河川や河口流域における泥土などの環境中への同菌汚染の拡大が推察される。そのため、今回は野鳥のボツリヌス菌食中毒の発生地域やその他の地域における、泥土の同菌の汚染データについて述べ、野鳥における同菌の食中毒防止やヒトへの食中毒防止の基礎資料としたい。
国内の沼、池、河川、海などの泥土中におけるC型ボツリヌス菌汚染状況はそれまでにほとんど確認されてこなかったので、1973年9年頃から東京都内の中川や近隣の河川を中心に調査を行った。
表1. 河川、湖、池におけるC型ボツリヌス菌の分布
表1に示すごとく、野鳥のC型ボツリヌス菌食中毒の中心であった中川の泥土調査では42.6%が陽性で、うち1例からD型菌が、その他からはC型菌が検出された。これらの地域以外に近隣の新中川、荒川でも、C型菌汚染が15~25%認められた。
野鳥のC型菌食中毒は確認されなかったが、多摩川の泥土では13%強からC型菌が検出された。小規模な野鳥のC型菌食中毒例が認められた不忍池、三宝寺池、善福寺池では40~60%以上からC型菌が検出され、カモなど野鳥が生息する沼や池などではC型菌の高度な汚染を確認できる。
野鳥のC型菌食中毒は確認されていないが、石川県の6ヶ所の湖や木曽川からも同菌が確認された。
その他に滋賀県では琵琶湖産の「なれ寿司」によるE型ボツリヌス菌食中毒の報告例があったが、近隣の三島池の泥土からE型ボツリヌス菌以外にC+D型ボツリヌス菌が検出されている。
これらのデータは1970年代のボツリヌス菌芽胞の調査報告ではあるが、芽胞の生存性から考えて、少なからず汚染が継続していると考えている。
東京都内の河川や池などでC型ボツリヌス菌の高い汚染があったことから、東京湾の泥土中のボツリヌス菌汚染状況も調査した。
表2. 東京湾泥土中からのボツリヌス菌の検出
表2に示すごとく、多摩川河口、多摩川沖、羽田沖、大井埠頭沖、荒川河口の東京湾5ヶ所の海底の泥土約500gについて、1978年から1年間継続的にボツリヌス菌を調査した。同一地域について1年間に計12回の調査の内、いずれの地域からも断続的ではあるが、C型ボツリヌス菌が検出された。C型ボツリヌス菌以外に多摩川河口では、D型ボツリヌス菌も検出された。
魚類の「いずし」によるE型ボツリヌス菌食中毒が頻発した北海道沿岸ではE型ボツリヌス菌の汚染が知られているが、東京湾内の泥土からは同菌は検出できなかった。
参考資料として、国内でE型ボツリヌス菌食中毒が発生した地域である北海道、青森県、秋田県、滋賀県の河川や湖などの泥土からのボツリヌス菌検出状況を表3に示した。
表3. 人のボツリヌス菌食中毒例が発生した地域の土壌中のボツリヌス菌汚染
いずれもE型が多数検出され、C型は検出されていない。これらの地域ではE型の高い汚染が知られており、この当時ではC型の検査法が特殊であることからC型が検出されなかったのかもしれない。
東京都内の魚市場からの新鮮なカレイ、タイ、サバ、ムツなど228件の腸管内容物、および利根川、中川、相模川で捕獲された食用カエル210件の腸管内容物についても、ボツリヌス菌検査を実施した。
表4. 海産魚、食用カエルからのボツリヌス菌検出
魚市場から採収された海産魚の腸管内からのボツリヌス菌は、3件が陽性であった。その内2件がC型ボツリヌス菌で、その1件のカレイは出荷先が北海道苫小牧郡、他の1件のメゴチは出荷先が新潟県新潟市であった。その他にキス1件からはE型ボツリヌス菌が検出され、出荷先が新潟県であった。
すなわち、国内に流通する魚類には、希にC型やE型の汚染があることを考慮しておかなければならないだろう。
食用カエルは池や河川の泥土中に生息することから、C型ボツリヌス菌汚染の高い小動物であると考え、魚市場で販売されていた食用カエルの腸内容物を対象にボツリヌス菌の検索を実施した。
利根川、中川、相模川で捕獲された食用カエルの腸管内容物からC型が高頻度に検出され、その汚染率は12~30%であった。またD型ボツリヌス菌が、利根川で捕獲された食用カエル4件から検出された。C型菌汚染の高い池や河川に生息する食用カエルはボツリヌス菌に暴露されることが多いと思われた。
なお、魚市場の側溝などの泥土中についてもボツリヌス菌の検索を実施したところ、1件からC型が検出され、搬入された魚類や食用カエルからの汚染が考えられた。
これまでに得られたC型ボツリヌス菌の池、沼、湖、河川、湾内における汚染状況並びに鳥類の同菌食中毒の発生状況を図1に示した。
図1. 国内における、野鳥のC型ボツリヌス菌食中毒発生地域と
池、沼、湖、河川、河口(湾)からのC型ボツリヌス菌の検出状況
日本全国についてのC型ボツリヌス菌汚染調査ではないが、調査された地域では何処にでもC型菌汚染が認められている。C型は鳥類に感受性が高いボツリヌス菌であり、認知されない数羽程度の野鳥のボツリヌス食中毒の発生によっても、水環境に同菌が広く分布してきたことが推察される。
米国のユタ州には各種の湖があり、古くから野鳥のC型ボツリヌス菌食中毒の発生が見られる。米国からの渡り鳥が日本にも飛来していることが知られており、各種の沼、池、湖や河川に同菌が運ばれてきたのであろう。
ボツリヌス菌は酸素のない嫌気的な環境でなければ増殖できない嫌気性細菌であり、地球環境では生存性が厳しい細菌ではあるが、菌体内で芽胞を形成し、芽胞の中に遺伝子を閉じ込め、土壌中で長期間生存できる。芽胞の生存期間は明確ではないが、かなり長い期間であると言われている。例えば、南極のぶ厚い氷の下層200mの土壌からもボツリヌス菌と同じ菌属のクロストリジウム属菌の芽胞が多数検出されてきており、土壌中のボツリヌス菌芽胞は考えられないほど長い期間にも生存できると想定される。
嫌気的な環境(斃死した鳥類や魚あるいは真空包装食品など)が整ったところで芽胞が発芽して細菌の増殖を起こし、ボツリヌス毒素が産生される。産生されたボツリヌス毒素を摂取することにより野鳥、動物、ヒトなどが食中毒を起こす。
C型ボツリヌス菌の最低発育温度は他のボツリヌス菌とは異なり、15℃以上であることから、国内では気温の低い冬期には自然環境中の同菌は増殖できないと想定される。
野鳥のC型ボツリヌス菌食中毒の感染経路は下記の2つが考えられる。
①自然環境で死滅した野鳥や魚の筋肉中を同菌が汚染し、斃死した筋肉内で増殖すると、筋肉中にC型毒素が産生される。産生されたボツリヌス毒素を含んだ斃死肉類を野鳥が喫食して、食中毒を起こす。
②C型ボツリヌス菌で死滅した野鳥や魚の斃死筋肉内で同菌が増殖し、ボツリヌス毒素が産生される。毒素を含んだ肉をハエの幼虫が喫食し、ハエの幼虫にボツリヌス毒素が移行する。このC型毒素を含んだハエの幼虫を野鳥が食することによって、野鳥がボツリヌス食中毒に罹患すると考えられる。
著者らはC型ボツリヌス菌食中毒で死亡した野鳥の胃内容物に、多数のハエの幼虫を確認してきた。また、同菌の食中毒で斃死した野鳥の死体にハエの卵を接種し、ハエが飛散しない容器に隔離し、室温で保管した後、発育してきたハエの幼虫を採取したところ、幼虫から多数のC型ボツリヌス毒素を証明することができた。
①②においてC型ボツリヌス菌は15℃以上の初夏から秋の気温が必要で、日本では冬季の気温が低いことから、冬季環境ではC型ボツリヌス菌食中毒は発生しないと考えられる。
国内で初めて明らかにされたC型ボツリヌス菌食中毒2事例の感染源は明確にされていない。しかし、国内においても1980年頃からブロイラー(肉用鶏)養鶏場において、C型の中毒が認められ、少なくとも12事例が報告されている。
ブロイラー農場では鶏を平飼いするために同菌を含んだ野鳥が養鶏場に侵入し、野鳥の脚や体表、糞便などから養鶏場内が同菌で汚染され、ブロイラーに経口感染した同菌は鶏の盲腸内で増殖し、ボツリヌス毒素が産生され、ブロイラーが同菌の中毒を起こすと考えられている6)。病鶏は廃棄されるが、腸管内で同菌の増殖がほとんどない場合には鶏は元気であるので、食鳥処理所に搬入されてしまい、解体工程で同菌が鶏肉を汚染する可能性も考慮しなければならないだろう。
C型ボツリヌス菌食中毒は国内で発生の多いA型やE型と同様に死亡率の高い食中毒であることから、厚生労働省のボツリヌス菌食中毒予防指針を厳守すること。C型のヒトへの感染原は鶏肉や魚介類であると考えられる。120℃で4分以上加熱された鶏肉、魚介類などの缶詰やレトルトパウチ食品などはボツリヌス菌芽胞が死滅しているために、常温保存でも問題はない。
なお、地震や津波による地殻変動で海泥が陸地に打ち上げられ、C型ボツリヌス菌の汚染が人の生活環境の近くまで及んで、各種の食品が同菌に汚染される危険性も考慮しておかなければならないと考えている。
小生が東京都立衛生研究所に就職した時代には、国内のボツリヌス菌食中毒は北海道や青森県、秋田県、岩手県、福島県、滋賀県など限られた地域でのE型ボツリヌス菌食中毒が中心であり、東京地域ではボツリヌス菌食中毒はないと信じられていた。ところが1973年に野鳥のC型ボツリヌス菌食中毒に遭遇し、その検査に追われることとなった。当時開発されていた各種の寒天培地や嫌気培養法では同菌の分離が極めて困難であった。
当時、家畜衛生試験所の東 量三先生が開発した「ガス噴射嫌気培養法」と呼ばれる特殊な嫌気培養法が同菌の培養に優れていることを知り、本法の研修を受け、この検査法を活用することで同菌が容易に検出できた。東先生に改めて深謝いたします。
ガス噴射嫌気培養法により、1975年に国内では2事例目のミンク飼育農場でのC型ボツリヌス菌食中毒を解明してきた。さらに、1976年には国内で初めてのヒトにおけるA型ボツリヌス菌食中毒(家族内発生:患者2名、うち1名死亡)を明らかにし、E型に限らずA型にも注目しなければならないことを啓蒙してきた。
1) Eklund, M. E. & Dowell, V.R. : Avian Botulism, Charles C Thomas Pub, 1987
2) 伊藤 武ら:東京都立衛生研究所 研究年報, 29~1, 13, 1978
3) 斉藤 香彦ら:東京都立衛生研究所 研究年報, 30~1, 7, 1979
4) 伊藤 武ら:東京都立衛生研究所 研究年報, 32~1, 7, 1981
5) 坂井 千三 編集:食中毒菌の制御, 中央法規出版, 1988
6) 阪口 玄二ら:鶏病研報, 16, 37, 1980