飲料水中の有機フッ素化合物の規制と現状

2021年7月7日
一般財団法人 東京顕微鏡院
理事・学術顧問 安田 和男

はじめに

水は、人間にとって生命維持や健康保持に必要不可欠なもので、毎日の水分補給は欠かせない。熱中症や脳梗塞、心筋梗塞などは水分摂取量の不足が発症要因のひとつとなり、これらの予防にはこまめな水分補給が効果的である。また、近年はミネラルウォーターの消費量が増大し、家庭用浄水器や宅配水の普及が進むなど美味しい水に対する人々の関心が高まっている。

しかし、飲用する水はきれいで美味しいだけでは十分でなく、安全でなければ人々の健康維持には役立たない。2015年国連で採択されたSDGs(Sustainable Development Goals、持続可能な開発目標)においても達成すべき目標の一つとして、「安全に管理された水の確保」が掲げられている。

わが国は世界的にみると降水量が多く、水が豊かな国といわれる。そして、2020年3月現在、全国の水道普及率*1)は98.1%(東京都、大阪府、沖縄県は100%)と高く、安価で直接飲用できる安全な水が安定的に供給されている。そうした水道水は、水源地域の環境条件や原水の水質状況に応じた水道システムの整備と適切な管理により、安全性が確保されている。

しかし、原水となる河川中の有機物や腐食物、都市排水由来の汚染物や環境からの病原微生物などによる浄水、水道水への汚染リスクによって、水質汚染事故や異味・異臭被害の発生も少なくない。水の汚染は人々の生命や健康に影響を与え、過去には水を媒体として水銀やカドミウムなどの有害金属がコメや魚を汚染し、蓄積したことで、それらを摂食した人々が健康被害を受けるなど大きな社会的事件が発生している。そのため、水源となる河川や湖沼等の水質の管理・改善や水源から給水栓に至るまでの衛生的、物理的リスクに対応できる確実な水質管理が重要となっている。

なお、WHO(世界保健機関)では、食品製造分野で確立された国際的な衛生管理システムであるHACCP (Hazard Analysis and Critical Control Point、危害要因分析・重要管理点)の考え方を導入し、水源から給水栓に至る各段階で危害要因の評価と管理を行い、安全な水の供給を確実にする水道システムを構築する「水安全計画」(Water Safety Plan;WSP)*2)を提唱している。

厚生労働省においては、この水安全計画の策定を推奨することとし、水安全計画策定のためのガイドラインをとりまとめている*3)

水道法に基づく水質基準

わが国では飲用に供する水は、水道法第4条に基づく水質基準*4)に適合するものでなければならない。「水質基準」は、人の健康の保護や危害防止の観点から項目が設定され、生涯にわたり連続して摂取しても健康に影響が生じない水準として基準値が定められている。水道事業体等に水質検査の義務が課されており、定期的な水質検査により水道水の安全性確認が行われる。

「水質基準」以外にも、水道水中で検出の可能性があり、水質管理上留意すべき「水質管理目標設定項目」、毒性評価が定まらない物質や、水道水中での検出実態が明らかでなく今後必要な知見・情報の収集に努める「要検討項目」が定められている。(図1)

水道水や井戸水などの飲用水は、有害物質や汚染物質が人体内に取り込まれる接種源のひとつでもあり、その水質管理は非常に重要である。

有機フッ素化合物(PFOS及びPFOA)とは

近年、水質管理上健康に影響が懸念されると注目されている物質として、有機フッ素化合物であるパーフルオロオクタンスルホン酸(PFOS)及びパーフルオロオクタン酸(PFOA)が挙げられている。PFOSは、化学構造上すべての水素がフッ素(F)に置換された直鎖アルキル基を有するスルホン酸で、PFOAは同様の構造を有するカルボン酸である。(図2、3)

有機フッ素化合物には非常に多くの種類があり、耐熱性や耐薬品性、耐水性、耐油性、耐火性に優れているため、フライパンの表面加工やフッ素樹脂製造時の乳化剤、繊維用撥水剤、泡消火剤、航空機用作動油など幅広い用途に使われている。難分解性、生物への蓄積性などの性質を持ち、環境中に長い間残存することが知られており、2000年代はじめ、野生動物やヒト、環境中に広く存在していることが報告された。また、野生生物やヒトの血液中からも検出され問題とされている。

PFOSとその塩及びPFOAは2009年に「残留性有機汚染物質に関するストックホルム条約(POPs条約)」*5)の対象物質として、製造・使用、輸出入の制限あるいは原則禁止された。国内ではPFOS が、2010年に「化学物質の審査及び製造等の規制に関する法律(化審法)」の第一種特定化学物質に指定され、製造・輸入・使用が禁止となった。PFOAはラットにおいて腫瘍発生の誘因とされ、国際がん研究機関(IARC)は、限られたエビデンスであるが精巣及び腎臓がんに関連あるとして、グループ2B「ヒトに対して発がん性がある可能性がある」に分類している。

なお、米国では2021年4月、サンドイッチ、ハンバーガー食品の携帯容器、包み紙に含まれている調査結果から、ワシントン州、カリフォルニア州サンフランシスコ市では食品容器への有機フッ素化合物の使用を制限する方針を示した。2019年9月にはデンマークで食品包装への有機フッ素化合物の使用を禁止している。

水道水中の有機フッ素化合物の規制

厚生労働省は、2020年4月、有機フッ素化合物のPFOS、PFOAを水質基準の要検討項目から水質管理目標設定項目として位置づけ、暫定目標値をPFOS及びPFOAの合算値として50 ng/L*6)とした。

農林水産省は、優先的にリスク管理を行うべき有害化学物質のリストに両物質を載せた(2010-2016年)。環境省は、2020年5月健康影響等の情報や公共用水域における検出状況等から、両物質を要監視項目として指針値(暫定)を合算値として50 ng/Lと設定した。

PFOS及びPFOAについては、水道水質に関する規制や基準を設定する上で目標とする世界保健機関(WHO)に基準値等はない。そのため、一部の国で食品などほかの経路から摂取することも勘案して目標値等を設定しているものの、安全性に関する評価が定まっていないことから、その値は各国で異なっている。 米国は2016年に、 PFOS、PFOAの合算値として70 ng/L*7)という健康勧告値を示している。水道水中の有機フッ素化合物に関する各国の目標値等を表に示した。(表)

水道水における有機フッ素化合物の検査について

PFOS及びPFOAの検査については、厚生労働省による「水質管理目標設定項目の検査方法」*8)において定められた方法に基づき検査が行われる。

この検査方法では、炭素原子の鎖が直線的につながったPFOS及びPFOAに加え、鎖が枝分かれした異性体なども検査対象となり、それらの検出状況を把握できる。固相抽出ののち高速液体クロマトグラフ-質量分析計(LC/MS)を用いてPFOS及びPFOAを定量する。 また、他にもLC-MS/MSを用いた高精度の分析法も研究されている。

飲用水における有機フッ素化合物の調査

飲料水中の有機フッ素化合物について、以前から自治体や国で計画的に調査が行われている。

東京都では、多摩地域(23区を除いた30市町村)などで地下水を100%あるいは一部水道水を混ぜて、飲用に使用している。東京都水道局では、2020年4月よりPFOS及びPFOAが水質管理目標設定項目に位置づけられたことから、3か月に1回、原水、浄水及び給水栓(蛇口)水における検査を実施している。

2020年7月東京都の調査では、多摩地域の浄水所における一部の原水、浄水、給水栓水で暫定目標値を超えるものが見られたため、検出井戸の汲み上げを停止した。また、2020年11-12月に多摩地域の57カ所(28市町村)の飲用井戸水の水質調査を実施した結果、6市10カ所の井戸水で暫定目標値を超え、最大8倍を超えるものも見られた。水道局では、有機フッ素化合物が高濃度検出された一部の井戸は一時停止する等の対応を行っている。なお、給水栓(蛇口)水において暫定目標値を超えた場合や超える可能性がある場合は、「測定回数を増やす」、「井戸の運用を停止する」などの管理を行っている。

東京都水道局によると、都内の水道水に関しては、現在、すべての給水栓(蛇口)で暫定目標値を下回っていると報告している。

厚生労働省は2020年1‐3月、全国の水道事業者及び水道用水供給事業者の39浄水場を対象に、浄水(水道水)におけるPFOS及びPFOA濃度の調査を実施した。その結果、PFOS及びPFOAの合計値は不検出~46.4ng/Lであり、暫定目標値を超える浄水場はなかったとしている。

環境省は2019年、PFOS及びPFOAの排出源になり得る全国の泡消火剤の在庫施設や使用・製造してきた化学メーカーなどの施設周辺の河川や地下水で、PFOS及びPFOAの濃度調査を行った。その結果、東京、神奈川、大阪、兵庫、愛知、福岡、沖縄など13都府県、37地点で暫定目標値を超えたと発表した。

おわりに

PFOS及びPFOAの除去には粒状活性炭処理が有効とされているが、活性炭は一定時間経過すると除去能力が低下するといわれる。また、活性炭の交換や再生は難しいことから、浄水処理でのPFOS及びPFOAの除去は難しく、活性が低下した活性炭を使用した場合、水道水からも検出される可能性が懸念される。PFOAはメーカーが自主的に排出削減活動を行っているが、代替品として炭素鎖の短い有機フッ素化合物の使用が増加しているともいわれる。

わが国の飲用水の安全は、上水道の整備や水質基準の遵守によって守られている。今後、飲料水中の有機フッ素化合物についてはWHOが求めているように、河川や地下水などの環境中濃度の継続的なモニタリングを行い、有機フッ素化合物含有量の実態を把握するとともに、健康影響評価を行い注視していくことが重要であると思われる。


(参考資料)

*1)厚生労働省 水道の基本統計
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/topics/bukyoku/kenkou/suido/database/kihon/index.html

令和元年度 現在給水人口と水道普及率
https://www.mhlw.go.jp/content/000764493.pdf

*2)WHO「Water Safety Plan」
https://www.who.int/water_sanitation_health/publications/gdwq4-with-add1-chap4.pdf?ua=1

*3)厚生労働省「水安全計画策定ガイドライン」について
https://www.mhlw.go.jp/topics/bukyoku/kenkou/suido/anzen/index.html

*4)水質基準に関する省令(平成15年5月30日厚生労働省令第101号)により定められている。

*5)残留性有機汚染物質に関するストックホルム条約:
Stockholm Convention on Persistent Organic Pollutants 1995年、約100か国の代表が参加した政府間会合で採択された「ワシントン宣言」の中で、残留性有機汚染物質(Persistent Organic Pollutants:POPs)の規制に向けて行動することが定められた。さらに、2001年5月、ストックホルムで行われた外交会議において、「残留性有機汚染物質に関するストックホルム条約」が採択された。毒性が強く、残留性、生物蓄積性などを有する残留性有機汚染物質から人の健康と環境を保護することを目的とし、それらの製造・使用、輸出入の禁止・廃棄等の適正管理を求めている。

*6)ng/Lとは、水1リットルあたり10億分の1グラムの物質が溶解していることを表す。

*7)ヒトが70年間毎日2L飲用しても問題ないとされる値

*8)平成15年10月10日厚生労働省健康局水道課長通知健水発第1010001号
(最終改正令和3年3月26日厚生労働省医薬・生活衛生局水道課)

厚生労働省:水道水質基準について
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/topics/bukyoku/kenkou/suido/kijun/index.html

食品安全委員会:パーフルオロ化合物(概要) ファクトシート
http://www.fsc.go.jp/factsheets/index.data/f03_perfluoro_compounds.pdf

環境省:令和2年度有機フッ素化合物全国存在状況把握調査の結果について
https://www.env.go.jp/press/109708.html

東京都水道局:水道水における有機フッ素化合物について
https://www.waterworks.metro.tokyo.lg.jp/topic/20191115-02.html

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