遠山椿吉記念 第6回 食と環境の科学賞 受賞者発表

遠山椿吉記念 第6回 食と環境の科学賞 受賞者発表

このたび、たいへん多くの優れた研究テーマが応募されました。選考委員会による厳正なる審査を経て、当法人の経営会議にて協議した結果、栄えある第6回遠山椿吉賞の受賞者を決定いたしましたので、発表いたします。

受賞された方々には、こころよりお祝い申し上げます。

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遠山椿吉記念
第6回 食と環境の科学賞
受賞者
鈴木 聡
愛媛大学沿岸環境科学研究センター 教授
テーマ名
水環境における薬剤耐性菌・耐性遺伝子の
公衆衛生学的研究
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遠山椿吉記念 第6回 食と環境の科学賞
山田 和江賞
受賞者
杉山 圭一
国立医薬品食品衛生研究所 安全性生物試験研究センター 変異遺伝部 室長
テーマ名
食品からのエピジェネティック変異原性の検出:
酵母凝集反応を指標とした新規毒性試験法の開発

※ 遠山椿吉賞応募者のうち、優秀な研究成果をあげており、これからの可能性が期待できる50歳未満の方に対して、平成27年度に「山田和江賞」を創設しました。「山田和江賞」は、当財団が戦後10年間休止していた事業を再建し、平成26年に享年103歳で亡くなられた故山田和江名誉理事長・医師の50余年の功績を記念して創設されました。

研究成果の概要:第6回 食と環境の科学賞

受賞者 鈴木 聡(愛媛大学沿岸環境科学研究センター 教授)
テーマ名 水環境における薬剤耐性菌・耐性遺伝子の公衆衛生学的研究

背景

薬剤耐性菌問題は、WHOの提唱するワンヘルスアプローチを基盤とし、世界が共同で取り組むべき学際的課題として進められている。

本邦での耐性菌研究は、院内感染に端を発する臨床と獣医療での研究が多かったが、2017年度から環境省も耐性菌対策に参画した。

欧米では自然環境まで目を向けた研究も行われているが、国内外ともに培養できる病原菌・腸内細菌の研究が主で自然環境常在菌を含めた研究はほとんどされていない。

臨床・農場で発生する耐性菌の、自然環境での運命、耐性遺伝子の残存・伝播・拡散、自然環境中のリザーバ、および耐性遺伝子の臨床への侵入リスク評価などは、耐性菌対策において必須の情報である。

受賞者は、日本のみならず熱帯アジア、アフリカ等の排水処理インフラの未発達な地に早くから着目し、これらの環境での、排水・河川水・沿岸海水等で耐性菌と耐性遺伝子の国際的疫学研究を行ってきた。

調査・研究のねらい

環境薬剤耐性菌のリスクを評価し、リスク低減策を提言することが目的である。耐性菌リスク研究の作業仮説の一つは、人獣臨床など高濃度の抗菌剤が使用される現場で耐性菌が発生し、それが下水を経て環境へ放出される。

環境中で耐性菌・耐性遺伝子が残存して暴露起源となるリスク。二つ目の仮説は、環境細菌群集で遺伝子の組み替えが起こって新たな多剤耐性遺伝子が発生し、これが人間環境へ侵入するリスクである。現在、両方ともシナリオの基盤となる知見は乏しく、リスク評価と対策には、多くの環境データが必要である。

受賞者は、各国の研究者とのネットワークを利用し、国際的な調査を基に、普遍的な耐性菌リスクの低減政策アピールを行っている。

調査・研究の成果

海外でもまだ論文の少なかった90年代から、水環境が巨大な耐性遺伝子リザーバであろうと考え、調査を進めて来た。

その結果、日本の沿岸養殖揚で新規のテトラサイクリンやマクロライド耐性遺伝子を発見、またヒト病原体と同じ耐性遺伝子がメコン川や外洋の細菌が保有することを報告した。これらの成果で、耐性遺伝子が環境に普遍的に分布することを示した。

その後、海洋細菌の99%以上を占める未培養菌(yet-to-be cultured bacteria)がリザーバであるという仮説を、フィリピン、南アフリカなどの環境調査で証明した。これらは世界でも先駆的研究であり、成果は世界的に注目されている。

また、本研究では、水環境で病原細菌・腸内細菌・環境細菌が混在する時の耐性遺伝子伝播、残存実態を解明した。耐性菌問題では水環境を注視すべき、という警鐘を鳴らすことになった

研究成果の概要:遠山椿吉記念 第6回 食と環境の科学賞 山田和江賞

受賞者 杉山 圭一(国立医薬品食品衛生研究所
安全性生物試験研究センター 変異遺伝部 室長)
テーマ名 食品からのエピジェネティック変異原性の検出: 酵母凝集反応を指標とした新規毒性試験法の開発

背景

発がん性はヒト健康影響における最も重要な評価対象の1つである。遺伝毒性試験は、現在わが国を含むOECD加盟国において化学物発がん性評価の短期スクリーニング試験として妥当性が認められ活用されている試験である。代表的な試験法として、細菌を用いる復帰突然変異試験(Ames試験)がある。一方で、発がんメカニズムとして,近年エピジェネティックな変異の関与も示唆されている。ジェネティック(遺伝的)な変化である突然変異と異なり、エピジェネティック変異は、クロマチンへの後天的修飾異常により遺伝子発現の変化を惹起する。非遺伝毒性発がん物質の分子機序の1つと考えられるエピジェネティック変異原の検出法は、その必要性は認知されるも実用レベルでは確立されていなかった。

調査・研究のねらい

ユニバーサルでかつ汎用性の高いエピジェネティック変異原試験法を世界に先駆けて開発し、これまで検知不可能であった食品中の同変異原を可視化検出することを目的に研究を行った。

Ames試験陽性物質とげっ歯類発がん物質との相関性は60~70%の域を脱しないと予想されるが、独自開発した試験法を活用することで発がん性予測率の飛躍的向上を目指す。

調査・研究の成果

遺伝毒性(変異原性)試験におけるAmes試験は微生物ベースの試験系であるが、頑健性・感度・および精度からゴールデンスタンダードとされる。申請者はエピジェネティック変異原性試験として同メカニズムが真核生物特有であることから、真核微生物の酵母細胞をプラットフオームにその開発に取り組んだ。

DNA methyltransferase(DNMT)遺伝子はエピジェネティック制御の1つDNAメチル化を触媒する酵素であるが、申請者はヒトDNMT遺伝子形質転換酵母が凝集性を獲得することを報告し、また、同凝集性にはヒストン修飾を介したエピジェネティック制御下にある凝集遺伝子FLO1が関与していることも明らかにした。FLO1プロモーター活性化を指標とした本エピジェネティック変異原検出系は、現時点で短期間にかつDNAメチル化とヒストン脱アセチル化の両阻害剤に応答する点から包括的にエピジェネティック変異原活性を検出できる可能性を有する唯一の系と換言できる。

本法の応用例として、天然化学物質アリザリンをエピジェネティック変異原として同定した成果が挙げられる。アリザリンを含むアカネ色素は、げっ歯類を用いた発がん試験陽性結果により既存添加物リストから唯一消除された物質である。さらに検出系の次世代化として、定量性と頑健性を付与したFLO1プロモーターを用いたGFPレポーターアッセイ系の構築の成功にも至っている。

一連の研究で得られた成果の対外的な評価として2016年の開催された欧州環境変異ゲノミクス学会における口頭発表への選抜、昨年の日本農芸化学会大会においてトピックス賞の受賞、さらには同年9月に開催された米国環境変異ゲノミクス学会でも本研究内容について依頼に基づき口頭発表の機会の付与が挙げられる。つづく11月に開催された日本環境変異原学会年会第46回大会では、エピジェネティック変異原に関するシンポジウムを主催するとともにシンポジストとして講演も行っている。

【 受賞対象業績の概要説明 】

特に独創性、将来性、有効性、経済性、貢献度等について

独創性: 本研究は、環境視点の公衆衛生に該当する分野であり、日本のパイオニア的研究である。培養法と非培養法を組み合わせ、下水・畜産排水から、河川・海にいたる環境の全細菌群集での耐性遺伝子を定量した成果は独創的であり、世界の公衆衛生へ一石を投じた。

将来性: 病原菌以外の未培養環境菌もリスク評価対象にした本研究は、今後の耐性菌対策に新しい視点を与えた。基礎研究と対策立案、両面で将来性がある。

有効性: 衛生政策への提言、ならびに遺伝子リスク低減のための下水処理技術開発へ有効である。獣医、水産、公衆衛生の基盤形成として各国が注目している研究である。

経済性: 政府は人・獣医療での抗菌薬使用量削減を打ち出しているが、本研究からは、さらに耐性菌・遺伝子の放出と侵入の制御法の提案が可能である。設備開発と医療費削減では経済効果が期待できる。

貢献度: 世界各国の環境耐性菌研究をリードする研究者集団があり、受賞者は日本から唯一選ばれて参加している。この集団からの提言総説では養殖リスク管理を責任執筆した。近年、種々の国際・国内講演に招聘され、国際的に獣医・公衆衛生分野で今後の予防衛生の方向性発信を実践している。2007年には先駆的成果が朝日新聞、日経新聞等でも全国的に報道され、またオピニオンリーダーとしてもコメント等(例:朝日新聞2015,9.17科学面)を通しても啓蒙を実践している。また、農学部および農学研究科の大学院生へ環境微生物、公衆衛生の教育を実践し、国際的に多くの博士を輩出した(韓国、ベトナム、ポルトガル、フィンランド、マレーシア、スリランカ、バングラデシュ等)。卒業生は各国で耐性菌研究等に活躍しており、次世代の研究人材を国際的に輩出している。

【受賞対象業績の概要説明 】

特に独創性、将来性、有効性、経済性、貢献度等について

エピジェネティック変異原性試験系は確立されていない現況下、既にプロトタイプを構築し、アカネ色素アリザリンを被検物質に同毒性を検知できている点はオリジナリティーと有用性を直接示す実績と考える。

また、本法が動物実験の3Rの原則(代替・削減・苦痛の軽減)に直接貢献できる点は、毒性試験の社会実装にあたり大きな問題となる動物愛護の問題を回避できることを意味し特筆すべきアドバンテージである。食品中に含まれる化学物質の安全性向上にグローバルレベルで寄与することを目的に、開発した本試験系を経済協力開発機構(OECD)への非遣伝毒性発がん物質評価に活用するための活動も既に開始している。

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