なぜ、生食用牛レバーは禁止されたか?

2012年7月6日
財団法人東京顕微鏡院 理事 伊藤 武

厚生労働省はユッケなど牛生食による腸管出血性大腸菌食中毒が多発し、時には多数の死者も報告されていることから、平成23年10月に牛肉の生食に関する新たな法規制を行いました。

すなわち、牛肉表面から1cm以上の内部を60℃2分間加熱し、表面に汚染している腸管出血性大腸菌O157やサルモネラなど病原菌を完全に死滅させ、その内部の肉の細菌検査により腸内細菌科菌群の汚染がないことを確認した生肉を食用にすることとなりました。その際に厚生労働省は牛レバーの生食に関しても安全性に問題があり、引き続き検討を進めることを明言いたしました。

今回、厚生労働省や農林水産省の調査により牛レバー内部からの腸管出血性大腸菌O157やカンピロバクター属菌の検出や殺菌対策などの成績が集積され、安全性を確保するには牛レバーの生食禁止以外に方法がないことから、平成24年7月1日からは牛レバーの生食としての販売・提供が禁止されましたので、禁止にいたった経緯について解説いたします。

1.牛がO157を保菌しています

1982年2月から5月に米国でハンバ-グを原因食とする腸管出血性大腸菌(ベロ毒素を産生する大腸菌) O157食中毒が2事例発生しました。さらに、同年の11月にはカナダにおいてもハンバ-グによるO157の食中毒が報告されました。いずれも牛肉が原因であると推定されたことから、世界各国で積極的に牛からの本菌の調査が行われました。わが国でも多くの研究者がと畜場に搬入された牛からのO157検出例が1992年以降多数報告されてきました。

1992年頃の国産牛からのO157検出率は1.4%、国内でO157食中毒の大流行があった1996年頃では1.6%であったが、2000年代になると急激に増加し、10%前後となりました。農林水産省の農場での飼育段階での調査(2007-2008年)では国内の牛飼育農場のO157保有率は27.9%、個体別では9.3%であり、牛のO157保菌率の著しい浸潤が認められてきました(表1)。

また、O157以外のO26,  O111などのO157以外の血清型を含めると牛はベロ毒素を産生する大腸菌を高率に保菌する動物であることが明らかにされてきました。

ところで、飼育している牛がO157をいつ頃から保有するようになったのかは確かなデーターがありませんが、近年の出来事であると考えられます。1977年にカナダで大腸菌のなかにベロ毒素と呼ばれる特殊な毒素を産生する大腸菌(この時にはO157は含まれていない)が存在することが初めて明らかにされたこと、1970年代後半から初めて人からO157が検出されていたことから推察すると、濃厚飼料による多頭飼育が普及してきた1960年頃になってから牛がO157を保有するようになったと考えられます。

2.牛レバー内部からO157が証明されています

牛の胃内や大腸からO157が検出されることから、と畜場での解体過程で牛と体にO157汚染が認められ、流通食肉からのO157汚染も明らかにされてきました。また、これまでにも牛レバーからのO157検出例もしばしば報告されてきました。

今回、厚生労働省の研究課題「牛レバー内部における腸管出血性大腸菌等の汚染実態調査」(研究班班長:岩手大学 品川邦汎)では牛レバー173件中レバー内部2件、レバー表面7件からO157が検出されました。さらに農水省の家畜における病原菌リスク低減化に関する実態調査では、牛胆汁16件中1件からO157が検出されました。また、胆汁中でもO157が猛烈に増殖することも明らかにされています。 

牛レバー内部へのO157侵入経路については明確にされていません。牛の腸管内にO157が存在することから、腸管から菌が逆流してレバーに侵入することが推察されますが、今後の検討が必要です。

3.レバーからのO157の除菌は困難です

レバーに汚染しているO157を除菌することも農林水産省で検討されましたが、通常の濃度の次亜塩素酸ナトリウムの消毒ではレバー表面のO157を完全には除菌できていません(図1)。レバー内部のO157を除菌・殺菌することも検討が進められていますが、現在のところ安全性を確保できる技術は開発されていません。

4.牛のレバーからカンピロバクターも検出されます

カンピロバクターは鶏が高く保菌しているが牛においても20-30%カンピロバクターを保菌しています。 また、牛のレバーにからもカンピロバクターが10%以上に検出されるし、胆汁からは30%前後に検出されており、牛レバーのカンピロバクター保有率はO157以上高いことにも注目しなけレバーならないでしょう(表2)。

カンピロバクターによるマウスなどへの感染実験からは経口感染させたカンピロバクターは感染直後から血液から検出されます。血液を介してレバー内部にカンピロバクターが侵入するものと考えられています。ただし、感染動物の血液からは通常1日以内にカンピロバクターが消失しており、生体の免疫機構によりレバーから胆汁を経由して腸管に排泄されてくるものと思われます(図2)。

5.生食用レバーを原因食とした食中毒

これまでにも牛レバーの生食によるO157、カンピロバクターおよびサルモネラ食中毒が多数認められていたことから、厚生労働省や地方自治体からはレバーの生食は差し控えるべきであることが何度も忠告されてきました。(表3)に示すごとく牛レバーの生食により腸管出血性大腸菌食中毒が20事例、カンピロバクター食中毒が87事例、サルモネラ食中毒が8事例報告されています。

報告される事例はごく一部であり、牛生レバーを原因食とする食中毒は届出数の数十倍に上るのではないでしょうか。焼肉店では他種類のメニュ-が提供されており、レバーが提供されていても食品を特定することが難しいことから原因食品不明とされた食中毒事例があると考えられます。レバーの生食を愛好する人々が多いことからしても、レバーの生食による散発患者が多数あると推察されます。O157は10個程度の少数菌でも食中毒を起こすことが明らかにされていることも注目しなければなりません。腸管出血性大腸菌O157食中毒は感染後に溶血性尿毒症症候群(HUS)を続発する重症患者が腸管出血性大腸菌感染者の約10%にも認められるし、その内1-5%が死亡します。

カンピロバクター食中毒も患者の一部に感染後数週間後に手足や顔面の神経麻痺などを起こすギラン・バレー症候群を発症することが知られています。これが重症化すると呼吸麻痺となり、死亡することもあります。また、O157と同様にカンピロバクターも少数菌で食中毒を起こすので、軽視すべきではないでしょう。

6.牛レバーの生食禁止

以上のごとく、牛レバーの内部に腸管出血性大腸菌やカンピロバクターが汚染していること。レバー内部の病原菌を殺菌できる技術がないこと。牛レバーの生食による食中毒のリスクが高いこと。しかも、少数菌で食中毒を起こすので、新鮮な牛レバーや冷蔵庫に保管したレバーであっても危険であります。牛のレバー内の病原菌を迅速に検出する方法もないし、レバーの一部を検査しても安全性の評価にはなりません。これらのことから、牛生レバーは食べないことが唯一の予防対策であることから厚生労働省は食品衛生法の一部改正し、今年の7月1日から牛生レバーの生食禁止となりました(表4)。

飲食店においてはレバー内の病原菌は加熱により死滅することから、

  1. 牛レバーを原料として調理する場合はレバーの中心部の温度が63℃で30分以上または75℃1分以上加熱しなければなりません。
  2. 事業者は牛レバーを加熱用として提供し、生食用あるいは刺身として提供することはできません。

食肉販売店では

  1. 牛レバーは加熱用として販売し、生食用や刺身用として販売はできません。
  2. 加熱されていない牛レバーを販売する際には、お客様にレバーの中心部まで十分に加熱する必要のあることを案内しなければなりません。この法律に違反した場合には罰則があります。200万円以下の罰金または2年以下の懲役が科せられます。

欧州や米国、豪州などでは古くから畜産が盛んで、酪農製品や食肉を中心に食文化が形成され、食肉の生食による危険性を経験から学んできました。ましてや家畜のレバーなど内臓を生で喫食することはタブーとされてきました。日本では古くから家畜を食する習慣がないために、タンパク原を周囲が海に囲まれた魚介類に依存し、魚文化が確立されてきました。魚介類の生食(刺身、寿司など)が食文化として定着しており、刺身包丁や刺身の盛りつけ、お皿などの文化が発達してきました。また、魚介類については厳しい衛生管理が構築され、安全に喫食する文化が確立されました。

7.ご家庭で食中毒を予防するには

消費者は生食用牛レバーの販売・提供が禁止されていることを正しく理解し、牛レバーは十分に加熱し、中心部の色が変化していることを確認する食習慣を身につけましょう。

牛レバーにはO157やカンピロバクターの汚染が高い食材ですので、生レバーから他の食品に病原菌が汚染しないために、はし、まな板、包丁などの調理器具の使い分け、殺菌にも心がけることが大切です。

(元東京都立衛生研究所(東京都健康安全研究センター)微生物部長、獣医学博士)


【 参考 】

厚生労働省HP「牛レバーを生食するのは、やめましょう(「レバー刺し」等)」もご参照下さい。
http://www.mhlw.go.jp/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/shokuhin/syouhisya/110720/index.html


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