従属栄養細菌による貯水槽水の汚染実態と衛生管理

2021年1月15日
一般財団法人 東京顕微鏡院 食と環境の科学センター
津藤通孝、柿澤広美、馬場洋一、井上 太、高橋 悟、濱本大介、渡邊政人、伊藤 武
全国給水衛生検査協会会長 奥村明雄
麻布大学教授 早川哲夫

貯水槽水の微生物学的安全性は一般生菌数や大腸菌など上水試験法により評価されてきたが、飲料水に汚染する従属栄養細菌〔Heterotrophic Plate Count:HPC 〕は飲料水の微生物学的安全性の指標となることや飲料水供給工程や処理方法の質的評価となることから注目されてきている。

また、ペットボトル水や病院・歯科の水供給システムと消毒薬などの効果についても従属栄養細菌の動態が検討されている 1-3)。さらに水環境に形成されるバイオフイルムの細菌学的検査に従属栄養細菌の重要性が指摘されている 4)

ところが現在、貯水槽水が長時間滞留することにより、残留塩素の減少の原因となり、微生物による健康リスクが懸念されてきたが、国内での従属栄養細菌に焦点を当てた研究はそれほど多くないし、貯水槽水を対象とした調査は殆どない。

本研究では貯水槽水道水の質的評価とした従属栄養細菌の汚染実態と貯水槽の衛生管理状況との関わりについて実験モデル貯水槽水や現在使用されている実施設の貯水槽水について基礎的な検討を行った。

実験方法と調査対象

1. 実験モデル貯水槽と実験用飲料水

立川市内の(一財)東京顕微鏡院の敷地内に設置した貯水槽(大きさ:1m3 、材質:FRP、ガラス繊維強化プラスチック)をモデル貯水槽とした。設置貯水槽の南と西側には高層建物が有り、午前中は東側から日光がそそぐが、午後からは日光が遮断される。モデル貯水槽には立川市水道水を1m3 入れ、1ヶ月間に渡り経日的に検査を実施した。

2. 検査項目と検査法(図1)

  1. 貯水槽水の水温:通常のデジタル温度計(カスタム)で測定した。
  2. 残留塩素濃度:ジエチル-p-フェニレンジアミン法(DPD法)により残留塩素を測定した。
  3. 一般細菌:上水試験法5)に従い、試験水1mlを2枚のシャーレに添加し、標準寒天培地(日水製薬)で混釈培養を行い、37℃、24±2時間培養後出現した集落数を算定した。
  4. 大腸菌:上水試験法に従い、ピルビン酸加XGAL-MUG培地(日研生物)に試験水100ml接種し、37℃、24±2時間培養後βグルクロニダ-ゼの産生性により大腸菌の確認を行った。
  5. 従属栄養細菌の検出法:本菌については上水試験法,保坂ら6)、Bugnoら7)を参考にR2A寒天培地(日水製薬)を使用して以下の3つの方法で従属栄養細菌の検出と定量を行った。
    1. 試験水1mlを2枚のシャーレに接種し、50℃に保温したR2A培地で混釈培養を行った。必要に応じて試験水を10段階希釈し、同様にR2A培地で混釈培養を行った。
    2. 試験水0.1mを2枚R2A寒天培地表面に接種し、コンラージで全面塗布培養を行った。
    3. 汚染菌量が少量の場合には菌が検出できないことを懸案し、試験水10mlをミリポアフイルター(0.45μ)で濾過し、R2A寒天に添付する濾過法で菌検出を行った。R2A寒天培地はそれぞれ25℃、7日間培養した。培養2日目までに出現した集落は一般細菌と推察されるので除外した。なお、培養温度は上水試験法では25-30℃とされているが、保坂ら3)やUhlら5)の検討により良好な結果が得られている25℃とした。
  6. 分離菌株の簡易分類はR2A寒天培地上に発育した集落の形状、色調、大きさ、およびオキシダーゼ試験、カタラーゼ試験、グラム染色によって分類した。

3. モデル貯水槽壁面からの従属栄養細菌検出のためのサンプリング法

貯水槽水を放流し、貯水槽側壁の4面と底部の5箇所について拭き取り綿棒(ST25:エルメックス社)で100cm2の面積をふき取り、サンプリング試料とした。また、つなぎ目(パッキング部分1m)についても検査材料とした。さらに、上水試験法に従い貯水槽の清掃と消毒を行ってから、清掃の状況を把握するために前記と同様な部位についてサンプリングを行った。

4. 東京都内に設置されている貯水槽水からの従属栄養細菌の検出

アンケート調査方法

調査対象とした貯水槽については設置者からアンケートにより、所在地、使用者数、貯水槽の用途、貯水槽の有効容量、1日の使用水量,設置場所、直近の清掃月日、建築年次、およびトラブル事例などの調査を行った。

調査対象と時期

1回目は2012年1月から2月の冬季に貯水槽計43件(10m3未満の貯水槽27件、10m3以上16件)、2回目は2012年7月から8月の夏季に貯水槽計29件(学校20ヶ所、給食センタ-1ヶ所、高齢者施設7ヶ所、病院1ヶ所)、3回目は2013年9月から11月の秋季に貯水槽計42件(学校41ヶ所、教育施設1ヶ所)、合計114件を対象とした。

検査方法

実施設の貯水槽水の水温、残留塩素、一般細菌数、大腸菌および従属栄養細菌の検査法はモデル貯水槽の検査法に準拠した。

検査成績

1. モデル貯水槽における水温と残留塩素の経日的観察(図2)

夏季の調査(2012年7月から8月)

設置時の残留塩素は0.4ppmであったが、その後は暫時減少し、2日で0.2ppm、4日で0.1ppmとなり、5日後では検出されなかった。水温は調査時が夏季であり25~30℃の高い水温であった。

秋季の調査(2013年10月から11月)

設置時の残留塩素は0.5ppmであったが、その後は暫時減少し、4日で0.3ppm、10日で0.2ppmとなり、20日では検出されなかった。水温は、17℃~25℃であった。

冬期の調査(2012年1月から2月)

設置時の残留塩素は0.4ppmであったが、その後は暫時減少したが、11日後で0.2ppm、20日後で0.1ppm、25日後では検出されなかった。その際の水温はおおむね10℃前後であった。残留塩素は徐々に減少し20日でも0.1ppmを保っていた。

2. モデル貯水槽における従属栄養細菌の経日的観察(表1)

夏期の検査

一般細菌数は試験開始時から7日で1ml当たり1個、15日で180個に増加してきたが、30日でも480個にすぎなかった。大腸菌は100ml当たり、いずれも30日まで検出されなかった。

従属栄養細菌数は検査開始時から1ml中に1個含まれていた。1日で96個検出され、やや増加した。7日以降は顕著に増殖し、1ml当たり2,900個、30日は880,000個となった。水温が25℃以上であっても、一般細菌の増殖は殆ど認められないが、従属栄養細菌の増殖は顕著であった。従属栄養細菌は塩素濃度が0.1ppm以上でも検出され、0.1ppm以下に減少して以降に急速に増殖した。

秋期の検査

一般細菌数は15日に1個検出された以外調査期間中は検出されなかった。大腸菌も全て陰性であった。

従属栄養細菌数は検査開始時から5個含まれていたが、7日まではほぼ同一菌数で経過した。15日で12個検出、以降25日まではほぼ同じ菌数、30日では10,000個にまで増殖した。夏季の成績と同様に秋季の場合でも残留塩素濃度が減少した15日頃から従属栄養細菌の増殖がみられた。

冬期の検査

試験開始時の一般細菌数は1ml当たり17個であったが、その後は菌数が減少し10個以下となった。また、大腸菌は100ml当たり、いずれも検出されなかった。

従属栄養細菌数は7日までは陰性であったが、15日からは1個以下の菌数で毎回検出され、従属栄養細菌の顕著な増殖が認められなかった。残留塩素が0.1ppm以上含まれていても従属栄養細菌が検出されており、本菌は塩素に抵抗性があると推察された。

3. モデル貯水槽壁面におけるバイオフイルム形成(表2)

貯水槽壁面には各種の細菌がバイオフイルムを形成することが知られているので、モデル貯水槽壁面について従属栄養細菌の付着状況について調査を行ない、貯水槽の清掃後の清浄度に関する基礎的な資料提供を行った。

夏期の調査

水道水をモデル貯水槽に1月18日から146日間満たしたまま放置された貯水槽の壁面の従属栄養細菌数は壁面100cm2 当たり11,000~86,000個、底部が22,000個 であり、どの壁面でもほぼ同じ菌量の汚染があった。壁面の一般細菌数はそれに比して低く300個以下であった。繋ぎ目の従属栄養細菌数は菌数が高く、130,000個と360,000個であったし、一般細菌数も4,000個と900,000個であった。

貯水槽の洗浄・消毒を行った後、同様に壁面の細菌数を測定したところ従属栄養細菌数は90個、一般細菌数は検出されなかった。

秋期の調査

モデル貯水槽に水道水を7月26日から65ヵ日間満たしたまま放置された貯水槽の壁面の従属栄養細菌数は夏季の調査よりはより多い菌数であった。すなわち、4ヶ所の壁面と底部の従属栄養細菌数は10cm2当たり150,000~7,900,000個、つなぎ目は1600,000個と3,300,000個であった。一般細菌数もやや多く、640~3,500個であった。洗浄・消毒を施した後の底面の従属栄養細菌と一般細菌数は100個以下に減少した。

4. 実施設の貯水槽における従属栄養細菌汚染状況(表3)

飲料水の安全性評価で重要な大腸菌は全例とも陰性であった。

夏季の検査成績

学校20ヶ所、給食センタ-1ヶ所、高齢者施設7ヶ所、病院1ヶ所の計29件中全例から従属栄養細菌が検出され、その検出菌数は4例が1ml当たり1個以下、10例が1-10個、11例が11-100個、4例が101-1,000個であった。

秋季の検査成績

学校41ヶ所、教育施設1ヶ所の計42ヵ所から採水した水からは従属栄養細菌が全例から検出され、その検出菌数は1ml当たり1個以下が2件の貯水槽、1-10個が19件、11-100個が13件、101-1,000個が8件であった。

冬季の検査成績

学校10ヶ所、事務所2ヶ所、診療所1ヶ所、飲食店30ヶ所、計43件中全例から従属栄養細菌が検出され、その検出菌数は9例が1ml当たり1個以下、26例が1-10個、4例が11-100個、2例が101-1,000個であった。

5. 実施設の貯水槽の衛生管理状況と従属栄養細菌の汚染状況

1. 貯水槽水の回転数と従属栄養細菌(表4)

貯水槽に長期間水が滞留することにより従属栄養細菌数が増加することが想定されたが、回転数が1未満であっても従属栄養細菌数は12件中10件が10個以下であって、回転数が低い場合でも特にこれらの細菌数が高いとは云えないが、傾向としては回転数が高い場合は菌数が少ない傾向であった。

2. 残留塩素濃度と従属栄養細菌(表5)

対象とした貯水槽水の残留塩素濃度は8件が0.1ppm、32件が0.2ppm、63件が0.3ppm、 7件が0.4ppmであった。残留塩素濃度が高い0.4ppmの場合7例中1例は従属栄養細菌数が12,000個/mlであったが、他の6例は100個以下/mlであったし、残留塩素が0.1~0.2ppmの40例中13例は従属栄養細菌数が101個以上/mlの高い菌数であった。

3. 調査時の水温と従属栄養細菌(表6)

調査時の水温が低い場合は概して従属栄養細菌数が低い傾向が伺えられた。ただし、水温が高い26-30℃であっても低い菌数も認められた。

6. 検出された従属栄養細菌の簡易分類(表7)

モデル貯水槽水や実施設の貯水槽水から検出された従属栄養細菌694菌株についてグラム染色性、形態、および集落の色調から簡易に分類を行った。グラム陰性桿菌が大部分で、503株だったが、集落は黄色、白色、オレンジ、ピンク、灰色、クリ-ム色、透明のさまざまな色調であった。グラム陽性桿菌は131株で、色調も様々であった。グラム陽性球菌が47株で色調は黄色が19株、白色が25株であった。グラム陰性球菌が1株、酵母が8株であった。

なお、同一貯水槽から検出される従属栄養細菌は簡易分類ではあるがほとんどが3種類以上の異なる菌で汚染されていた。

考察と結論

本研究では貯水槽水の衛生学的評価として一般細菌と大腸菌の他に従属栄養細菌を中心にモデル貯水槽水と実施設の貯水槽水を対象に検討を行った結果、従属栄養細菌の挙動から今後の貯水槽水の衛生管理推進のための基礎資料が得られた。

1.モデル貯水槽における従属栄養細菌の解析

(1)モデル貯水槽の残留塩素は水温の影響が大きく、水温が25~30℃(夏季)では残留塩素が早期に減少し、5日で検出されなくなったし、水温が20~25℃(秋季)では残留塩素は徐々に減少し、15日で0.1ppmであった。冬季(水温8~12℃)のデ-タ-では更に徐々に減少し、20日でも0.1ppm残留していたことから、貯水槽水の温度条件が高くなると塩素が早期に消費され、殺菌効果が減少すると考えられ、貯水槽の安全確保には長期の水の滞留は安全性が欠落する。

(2)貯水槽の水温が25~30℃(夏期)では7日後から従属栄養細菌数が急速に増殖し、2,900個/mlであったが、水温が20~25℃(秋期)では従属栄養細菌数は15日で12個/mlであった。冬季の成績では従属栄養細菌数は10個/10ml以下にすぎなかった。すなわち、モデル貯水槽水中の従属栄養細菌数は水温による影響が大きいことを明らかにした。

2.実施設の貯水槽における従属栄養細菌汚染

従属栄養細菌は地球環境に広く分布し、諸外国の飲料水からも検出されている。

採水季節を考慮し、夏季、秋季、冬季に分けて調査を行った。対象とした施設は学校、病院、高齢者施設、飲食店であったが、いずれの施設からも大腸菌はすべて陰性、一般性菌数も殆どが100個/ml以下であり、水道法をクリアする成績であった。しかし、従属栄養細菌は各施設の貯水槽水から検出され、114件中112件(98.2%)で陽性あり、従属栄養細菌は普遍的に汚染していることを明らかにした。

従属栄養細菌の汚染菌量はモデル貯対象で指摘したごとく水温の影響が高いことを指摘したように、夏季の調査では高く、冬季の調査では低くい傾向であった。

3.貯水槽の管理状況と従属栄養細菌数

貯水槽の管理状況(回転数、建築年次、有効容量、清掃日、残留塩素など)と従属栄養細菌数との関連性についても調査を行ったところ、残留塩素濃度が低い場合には従属栄養細菌数が高い傾向を示唆するデ-タが得られた。また、貯水槽水の回転数が低いと従属栄養細菌の菌数が高い傾向である。ただし、回転数が高くても従属栄養細菌数が高い場合も見られた。

貯水槽水の水温と従属栄養細菌数はモデル貯水槽も実施設の貯水槽でも夏季の調査で従属栄養細菌数が高く、冬季では低い傾向が認められた。

従属栄養細菌数と貯水槽の建築年次、有効容量、清掃日からの経過日については明確な関連が認められなかった。貯水槽中の従属栄養細菌の増殖は①水温②残留塩素濃度③水の滞留時間の影響が高いことから、これらのことを考慮した衛生管理の構築が望まれる8)

4.貯水槽の清掃と従属栄養細菌

貯水槽水中に多数存在する従属栄養細菌は貯水槽壁面にバイオフイルムを形成する可能性があることから、モデル貯水槽壁面から従属栄養細菌の検出を行った。貯水槽の側面、底部からは一般細菌数に比して大量の従属栄養細菌が検出された。また、バッキングが入れられた繋ぎ目からはより多くの従属栄養細菌が検出され、バイオフイルムを形成していると考えられた。従って、貯水槽の管理として適切な清掃と消毒は重要であり、清掃後の清浄度の評価は一般細菌や大腸菌に併せて従属栄養細菌数も考慮しなければならないだろう。

飲料水から検出された従属栄養細菌の性状試験からの同定は困難であることから、グラム染色性、形態、色素産生性からの簡易分類を行った。同一貯水槽でもさまざまな菌種が含まれていることが推察された。 古畑ら9)は飲料水から検出された従属栄養細菌の遺伝子解析により同定を行っており、Sphingobium属、Methylobacterium属、Methyloversatilis属、Bradyrhizabiumu属などを飲料水から検出しており、これらの菌属は飲料水に普遍的に分布する細菌であろう。しかも、今回の調査でも残留塩素濃度が高い飲料水からも分離されており、飲料水に分布する従属栄養細菌は塩素抵抗性が高いと推察される。古畑ら9)は飲料水から高頻度に検出されるMethylobacterium属菌は1.0ppmの残留塩素でも生存できることを報告している。今後は従属栄養細菌の衛生学的な問題や飲料水処理工程の指標菌としての意義についての詳細な研究が望まれる。


(謝辞)

本研究は2012年と2013年度の厚生労働科学研究費補助金「健康安全・危機管理対策総合研究事業において行われた」。

(文献)

1) Duranceau SJ.et al:Impact of bottled storage duration and location on bacteriological quality, Int.J.Enveron.Health Res.22,543-5459,2012
2) Nikaeen M.,et al:Microbialquality of water in dental unit waterlines,J.Res.Med.Sci,14,297-300,2009
3) Sexton JD. et al:Reduction in the microbial load on high-touch surfaces in hospital rooms by treatment with a portable saturated steam vapor disinfection system, Am.J.Infect.Control.,39,655-6562,2011
4) Skraber S.et al:Occurrence and persistence of bacterial an viral faecal indicators in wastewater biofilms, Water Sci. Technol.,55,377-385,2007
5) 上水試験法2011年版 V微生物編、日本水道協会,2011
6) 保坂三継、眞木俊夫:水の従属栄養細菌試験における培地並びに培養条件の検討、東京都衛生研究所年報、52,245-249,2001
7) Bugno A. et al:Enumeration of heterotrophic bacteria in water for dalysis:comparison of the efficiency of reasoner’2 agar and plate count agar, Braz.J. Microbiol.,41,15-18,2010
8) 早川哲夫:貯水槽水道における水の滞留の長期化や不適切な管理による水質悪化とその対策に関する研究、健康安全・危機管理対策総合事業 平成24年度総括・分担研究報告書、2013年3月
9) 古畑勝則ら:飲料用タンク水から分離されたMethylobacterium属菌の性状と塩素抵抗性、日本公衛誌、40,1047-1053,1993

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