食品検査の国際規格 -これからの信頼性確保について-

2016年1月27日
一般財団法人東京顕微鏡院 食と環境の科学センター
信頼性保証室 平井 誠

1.とまらない食のグローバル化

昨年12月にケニヤのナイロビにおいて世界貿易機関(WTO)の閣僚会議が開催されましたが、新興国と先進国の間でこれからの多角的貿易交渉(ドーハ・ラウンド)のあり方について意見が対立し、全加盟国・地域で一致することはできませんでした。

このような背景もあって、先進国は少しでも早く円滑な貿易交渉を進めるために2国間の自由貿易協定(FTA)や環太平洋パートナーシップ協定(TPP)の交渉を進めています。

現在、日本では”日本再興戦略 改訂2015 -未来への投資 生産性革命-”を閣議決定し、当初の農林水産物・食品の輸出額のKPIであった2020年1兆円を前倒して目指すことにしています。2015年では今年の目標額であった7000億円を達成するとの見方もあります。

今後、TPP交渉が進捗、発効することで輸出国先において農産物のほとんどの関税が撤廃されることから、さらに輸出額の伸長が見込まれますし、反面で海外からの安価な農産物や加工食品の輸入も増加することになるでしょう。

図1:TPP

2.守られる食の安全

このように様々な国の農水産物・食品が国際的に流通、消費する中で、それぞれの国や地域では農水産物・食品の安全性や健全性を確認し、国民への危害発生を防止し、健康を保護しなければなりません。

世界の162の国と地域が加盟するWTO(世界貿易機関)は、衛生植物検疫措置の適用に関する協定の中で「国際的な基準、指針や勧告がある場合、原則としてこれらに基づいたSPS措置(衛生植物検疫措置)をとらなければならない」とし、その食品安全に関する国際基準とは、コーデックス委員会(FAO/WHO 合同食品規格委員会:Codex)において検討、採択された規格・基準としています。コーデックス委員会では、消費者の健康保護と自由貿易の推進のために様々なスタンダードやガイドラインが示されています。これらには、拘束力はありませんが、遵守していない場合には、貿易相手国から非関税障壁としてWTOに提訴される可能性があります。

米国では、2011年に輸入食品の製造施設などにおいて、自らがリスクを評価し、その予防的管理の計画と実施を義務付ける食品安全強化法が順次施行されています。

図2:コーデックス委員会HP

3.これからの試験検査所

現在、日本の食品衛生法に基づく製品検査の信頼性や精度管理は、同法や施行規則、通知等の遵守と業務管理等の立入検査による指導により確保されています。具体的には平成20年に一部改訂された「登録検査機関における製品検査の業務管理要領」や平成9年に厚生省生活衛生局食品保健課長通知として示された「精度管理の一般ガイドライン」などがあります。また平成20年に厚生労働省は、登録検査機関に対して製品検査以外の検査においても製品検査と同等の信頼性を確保するよう通知しています。

しかしながら、これらの基準や指導による登録検査機関の信頼性確保や精度管理は、一部で国際的な基準であったISO / IEC Guide25:1990 が参照されていますが、国内法による規制であり、国際的に受け入れられない可能性も考えられます。将来的には、SPS協定に基づいたFATやTPPが進展する中で、自国内で流通する加工食品は輸出先国でも安全性の試験をすることなく流通することが理論的には可能と思われますが、その自国内の試験結果はその試験所の能力が国際的に認められていることが前提になるでしょう。

4.求められる国際的な能力

コーデックス委員会では、様々な検査制度や試験所に関するガイドラインや推奨事項が定められています。食品の輸出入規制に関わる試験所能力を担保する信頼性確保の枠組みとして「食品の輸出入規制にかかる試験所の能力の評価に関するガイドライン(CAC / GL 27-1997)」に示され、次の4件の要求事項を掲げています。

< 要求事項 >

(1) ISO / IEC Guide 17025:1999「試験所及び校正機関の能力に関する一般要求事項」に定められた試験所の一般基準の遵守
(2) ISO / IEC Guide 58:1993「校正機関及び試験所の認定システムー運営及び承認に関する一般要求事項」に適合した機関が実施する技能試験プログラムへの参加
(3) コーデックス委員会が定めたCAC/GL 64-1995およびCAC/GL49-2003の原則手順に従って妥当性確認された分析法の使用
(4) コーデックス委員会がCAC/GL 28-1995, 改訂 1-1997において採択した「化学分析試験所の内部質管理に関するハーモナイズドガイドライン Pure & Appl. Chem., 67 (1995)649-666」の適用

このガイドラインで具体的な言及をされていませんが、要求事項の一つであるISO/IEC 17025では「5.4 試験・校正の方法及び方法の妥当性確認」において、求めるべき(真の)値が存在する範囲を推定する「測定の不確かさ」が求められています。あまり馴染みのない言葉ですが、コーデックス委員会の「測定の不確かさに関するガイドライン(CAC/GL 54-2004)」において「あらゆる分析結果に伴う測定の不確かさを推定すべきである。」と勧告されています。

図3:基準値と測定値およびその不確かさのイメージ

5.私たちの責任

原材料や製品などから抜き取った標本の試験検査だけでは、農水産物・食品の安全を確保することはできませんが、その試験検査結果は客観的で最も重要な検証結果となります。国際的な試験所として求められている責任と能力に応えるためには、試験法の妥当性確認や不確かさの推定など科学的な根拠を示すことが求められます。試験結果の精度と信頼性は、試験所が自律的な仕組みと結果の正当性を説明できる能力を持っていることが前提になります。これらの前提に応えるためには、試験に携わる全ての役職員が知見を広め、経験を重ねることが必要ですが、このためには多くの時間と労力と投資が必要であり、試験所組織としての管理運営や経営能力も試されることになります。

食品衛生法において公益法人を要件の一つにした指定検査機関制度が始まり、その後の法改正により登録検査機関制度となって40年以上となります。私たちも設立時の食品衛生検査所から現在の食と環境の科学センターに至るまで、この検査機関制度とともに歩んできました。今後も一般財団法人として中立、公正で科学に立脚した社会貢献の精神を守り続け、自信と誇りをもって国際的にも信頼される検査機関として事業を継続させ、組織を発展させていきたいと考えます。

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