カンピロバクター食中毒物語
1.カンピロバクター発見の歴史~螺旋状細菌の検出

2023年9月27日

(一財)東京顕微鏡院 学術顧問 伊藤 武

下痢症や食中毒の病原菌として認知された螺旋状の微好気性細菌であるカンピロバクター(Campylobacter)の発見は1972年にベルギーの内科医のButzler博士らの報告が嚆矢となり、その後、下痢症の原因菌として全世界に発生が認められ一躍脚光をあびた。国内における食中毒の原因微生物はノロウイルスが最も多く、次いでカンピロバクターが多いことも明らかにされてきた。さらにカンピロバクターによる胃腸炎発症後に一部の患者は運動神経麻痺であるギランバレー症候群を併発し、重症化することも確認されてきた。これほど重要な病原菌であるカンピロバクターが科学進歩の充実した近年になってから発見され、新興感染症の病原体とされた。

カンピロバクター発見の歴史をさかのぼると、1880年代に下痢患者糞便の顕微鏡観察から螺旋状細菌が認められている。寒天培地で培養できない不思議な細菌であり、下痢患者の血液培養液の顕微鏡観察から螺旋状細菌を確認したが、培養には成功しなかった。あるいは家畜の流産原因菌の探索として活用された「ロウソク培養」で検出された螺旋状細菌の報告も認められた。

これらの先人の研究者の努力がその後の科学の発展に大きな示唆を与え、現在の栄冠に繋がっていると考えられる。科学の前進には過去のフロンティアの業績に振り返る余裕も必要であろう。

1.下痢症患者糞便からの顕微鏡観察により螺旋状細菌を観察した研究者

1)コレラ菌が検出されない下痢患者糞便の顕微鏡観察

人類を襲ったコレラのパンデミックは今までに7回繰り返し、何百万人もの死者を出した。1880年代ではバングラデシュを起源とするコレラ(第4回パンデミック)がヨーロッパを襲い、この時に始めてコッホがコレラ菌の培養に成功した。その時代の1884年にドイツのEscherichが17名のコレラ様乳児下痢症の糞便から顕微鏡観察によりコレラ菌ではない螺旋状細菌を観察した。培養には成功していないこと、顕微鏡観察からコレラ菌に類似することからVibrio felinusと名付けられた。論文に掲載された螺旋状菌は大きさが2~5μmのコイル状をした細菌であったが、通常の好気培養からは本菌の検出はできなかった(図1)。

図1.Escherich,Thが論文に報告した螺旋状細菌

図1.Escherich,Thが論文に報告した螺旋状細菌

レーウェンフークによる自作の精巧な顕微鏡において歯垢に動く小さな生物を発見してから約200年後、下痢糞便の顕微鏡観察により、形態的に発見された細菌である。その後においてもドイツの研究者らは螺旋状細菌に興味を持ち、多くの研究者がコレラ菌が検出されない下痢症患者を対象に積極的に顕微鏡観察を繰り返し、螺旋状細菌を観察していた。いずれも当時では微好気性細菌(5~10%程度の酸素を要求する細菌)の存在も確認されていない時代であり、螺旋状細菌の培養には成功していないが、形態学的にはまさしく現在のカンピロバクターと推察される。螺旋状細菌と下痢症との関連を洞察した最初の報告である。これらの先覚者の研究論文は第3回カンピロバクター国際学会(Third International Workshop on Campylobacter Infection:1985年オタワ)の席上でドイツのキスト博士が初めて報告したことにより世に知られるようになった。EU諸国は古くから酪農国であり、肉を喫食し、肉類に汚染したカンピロバクターで多くの人びとが感染し、苦しんでいたことが想像される。

なお、余談だがコレラ菌は湾曲した細菌であり、螺旋状ではないこと、また、著者もカンピロバクター下痢患者糞便の位相差顕微鏡による観察からカンピロバクターの螺旋状細菌を観察出来ることも確認していることを付記する。

2)家畜の流産や下痢症の原因菌としての螺旋状のVibrio様細菌の検出

1913年にロンドンの獣医大学のMcFadyeanらは羊の流産胎児の「ロウソク培養」(図2:炭酸ガス培養又は微好気培養)によるブルセラ菌の分離に成功し、家畜の流産の原因菌としてブルセラ菌の重要性を指摘した。その際に流産胎児からブルセラ菌以外に螺旋状をしたVibrio様細菌を分離し、本菌も流産の原因菌であると推察し、胎児から分離したことからVibrio fetus(現在のCampylobacter fetus)と名付けられた。

図2.ロウソク培養法

図2.ロウソク培養法

また、1919年に米国のSmithらは「ロウソク培養」により牛の流産の原因菌としてMcFadyeanらと同様のVibrio様細菌を分離し、流産の原因菌として確認された。
1931年には米国のJonesらは牛の下痢症に興味を持ち、死亡した牛の回腸粘膜の洗浄液をろ過し、「ロウソク培養」により螺旋状のVibrio様細菌を分離したが、これまでに報告されたVibrio fetusとは発育温度が異なることからVibrio jejuni(現在のCampylobacter jejuni)とした。ただし、本菌は牛の下痢症から必ずしも検出されないことからVibrio jejuniは牛の下痢症の原因菌ではないと結論した。
同じ頃に米国のDoyleは「ロウソク培養」により豚赤痢の原因菌として螺旋状のVibrio様細菌を分離し、Vibrio coli(現在のCampylobacter coli)と名付けた。ただし、その後、豚赤痢の原因菌はSerpulina hyodysenteriaeであることが明らかにされ、Vibrio coliは豚腸管内の常在菌と考えられた。
以上のごとく家畜の流産の原因菌として疑われた螺旋状のVibrio様細菌が「ロウソク培養」によりしばしば検出され、獣医学領域で注目されていた。

3)人の下痢症と螺旋状のVibrio様細菌

1946年に米国のLevyらは牛乳を原因食品とし、355名の集団食中毒の際に、患者31例の糞便から顕微鏡観察により螺旋状のVibrio様細菌を観察したが、糞便の培養検査からは当該菌は検出されなかった。ただし、患者13例の血液を培養した液体培地からの顕微鏡観察により糞便と同様の螺旋状細菌を観察できたが、残念ながら培養には成功しなかった。原因菌の検出には不成功であったが、食中毒の原因菌として螺旋状細菌との関連を示唆する最初の報告である。


次いで1950年代になって米国のCDCで研究していたKing女史は、下痢症患者の血液から検出した30菌株のVibrio fetusについて生化学的性状を詳細に検討した結果、発育温度の異なる2つのグループに分けられることに着目した。1のグループは25℃で発育するが42℃では発育しない菌、家畜の流産の原因菌であるVibrio fetus(現在のCampylobacter fetus)がこれに該当した。2のグループは 25℃では発育しないが、42℃では発育できる螺旋細菌、KingはこれにRelated vibrioと命名した。しかも Related vibrioは臨床症状が下痢症であることから下痢の原因菌であると推察されたが、当時の検査技術では下痢便から同一の螺旋菌の分離が出来なかった。家畜の流産の原因菌と人の下痢症の螺旋状細菌が同じグループの細菌であることを指摘した貴重な研究発表である。まさしくKing女史が指摘したRelated vibrioはその後の研究から人の下痢症の病原菌であるCampylobacter jejuni/coliに該当する菌であることが確認された。


LevyとKingの報告はButzlerらが下痢患者糞便からカンピロバクターの検出に成功する20年前の貴重な研究報告である。また、1950年から1960年にかけて米国やEU諸国では人の血液培養から同様な螺旋状細菌(Vibrio fetus)が時々報告されていることから、家畜以外に人の疾患についても螺旋状菌に関心が持たれていたと想定される。

表1 .形態学的観察や「ロウソク培養」により螺旋状細菌の発見

表1 .形態学的観察や「ロウソク培養」により螺旋状細菌の発見

まとめ

Butzlerらが下痢患者の糞便からカンピロバクターの検出に成功する80年前から、多くの研究者が当時開発された最新の機器である顕微鏡を駆使し、下痢患者糞便などから螺旋状細菌を観察するも、培養には成功しなかった。一方家畜の流産胎児からの「ロウソク培養」により螺旋菌の培養に成功し、Vibrio fetusと命名していた。家畜の流産の原因菌と人の下痢症患者糞便から顕微鏡で確認された螺旋状菌とが同一のグループの細菌群であることは誰もが想像できなかった。未知の病原菌の解明に情熱を注いだ先覚の研究者は未来に輝く夢を見ていたのだろう。人や動物の感染症の原因微生物の探求には、初期は顕微鏡による形態学的探求から、コッホが確立した寒天培地による培養法が導入され、未知の病原微生物の探索の陰には多くの研究者のたゆまぬ努力があったことにも感謝すべきであろう。

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