カンピロバクター食中毒物語
3.カンピロバクター食中毒の実態とギラン・バレー症候群

2024年2月14日

(一財)東京顕微鏡院 学術顧問 伊藤 武

人の下痢症の原因菌として発見されたカンピロバクターは初期の頃ではVibrio jejuniと呼ばれていたが、分類学的には海水由来のビブリオ属とは著しく異なることから、これらの菌種をVibrio属から除外し1973年に新たにカンピロバクター属(Campylobacter属:螺旋の桿菌)が新設され、Vibrio jejuniはCampylobater jejuniと命名された。カンピロバクター属の仲間の細菌は人の臨床以外に各種の動物からも証明され、20種以上の菌種が登録されている。人の食中毒や散発下痢症の原因菌は主にC.jejuni、その他にも、一部にC.coliも関与することが明確になってきた。

今回はカンピロバクター(C.jejuniC.coli)による食中毒や散発患者の発生状況、原因食品などについて解説する。また、カンピロバクターによる胃腸炎の続発疾患として、神経麻痺をともなう「ギラン・バレー症候群」を起こすことも明らかにされてきたため、本疾患とカンピロバクターとの関連についてもふれる。

1.カンピロバクター(Campylobacter jejuni/coli)による食中毒発生状況

発生件数と原因施設

著者らが1979年に国内で初めてカンピロバクターによる食中毒を報告したが、日本の各地域でカンピロバクターによる食中毒が頻繁に検出され、元厚生省は1982(昭和57)年にカンピロバクターを食中毒起因細菌であることを認知した。それにともない著者らは国内で統一した検査法が必要であることから、1984年に「カンピロバクター検査法検討委員会」を立ち上げ、翌年に検査法を公表した。しかし、初期はカンピロバクターに対する認知度が低く、検査法が広く一般に普及しなかった。それでもカンピロバクター食中毒は年間50件程度が届けられた。ただし、当時は学校や事業所などの給食による事例が多数認められ、患者数は2,000名以上であった。その後、本検査法が広く普及し、カンピロバクター食中毒は年間100例から300例、患者数が3,000名以上となり、国内の主要な食中毒となった。ところが1983年に腸管出血性大腸菌O157による大流行が発生し、元厚生省は1984年に大規模調理施設を対象に「大量調理施設衛生管理マニュアル」、元文部省も「学校給食衛生管理基準」を制定した。また、HACCPによる衛生管理が徹底され、学校、事業所、高齢者施設における給食による衛生管理の向上により、大規模発生が徐々に減少してきた。例えば、学校給食によるカンピロバクター食中毒は1983~1996年間に55件の発生が報告されていたが「学校給食衛生管理基準」が制定されて以降は著しく減少し、1997~2021年までに6件にすぎない2)

表1.学校給食における食中毒の病因物質

表1.学校給食における食中毒の病因物質

近年のカンピロバクター食中毒の原因施設は飲食店が圧倒的に多くなり、2015~2022年の統計では全体の95%を占めた。
その他には旅館や事業所給食における発生が時折認められる。特筆すべきは学校の調理実習によるカンピロバクター食中毒が17事例認められており、調理技術の習得とあわせて衛生管理の指導が重要であろう。

表2カンピロバクタ-食中毒の原因施設
2015ー2022年:厚労省食中毒統計

表2.カンピロバクタ-食中毒の原因施設

新型コロナウイルス感染症の流行時である2020~2022年は食中毒全体の発生例の減少が観察されたが、カンピロバクターやノロウイルス食中毒の発生例の減少が顕著である。新型コロナウイルス感染症の予防対策として、飲食店の自粛や営業停止、あるいは徹底した手指の消毒が実施されたことにより、カンピロバクター食中毒の発生が減少したと考えられる。今後、パンデミック解禁後のカンピロバクター食中毒の動向に注目しなければならない。

図1カンピロバクター食中毒の発生件数及び患者数
(患者2名以上) 厚労省食中毒統計

図1.カンピロバクター食中毒の発生件数及び患者数

月別発生

本菌は好気的・嫌気的環境では増殖しないこと、発育には微好気的環境(酸素が5~10%程度含まれた環境)で発育することから通常の食品中での増殖はできないと考えられる。また最低の発育温度が30℃であることからもその可能性は殆どないであろう。感染菌量は後述するが、100個程度の少量菌でも感染することから、食中毒の発生要因は気温よりもむしろカンピロバクターによる汚染が重要であると考える。季節別では4~7月、9~11月に発生件数が高くなる傾向が認められる。

図2カンピロバクタ食中毒の月別発生状況
2015ー2022年:厚労省食中毒統計

図2.カンピロバクタ-食中毒の月別発生状況    2015ー2022年:厚労省食中毒統計

英国1)の報告でも同様に二峰性の傾向が見られ、夏季は発生状況が減少している。その理由として夏季は家禽のカンピロバクター保菌が減少することと、乾燥に極めて弱いことから食肉表面のカンピロバクターが死滅しやすいと推察する。

原因食品

図3.カンピロバクター食中毒2,400件の原因食品(推定食品も含む)
2015ー2022年:厚労省食中毒統計

図3.カンピロバクタ-食中毒2,400件の原因食品 (推定食品も含む)

カンピロバクター食中毒は他の細菌性食中毒と異なり、原因食品の判明が18.2%に過ぎず、原因食品が不明の事例が極めて高い。判明した原因食品はほとんどが鶏たたき、鶏刺し、鶏肉ユッケなどの生鶏肉料理や鶏レバ-である。炙り焼き、焼き鳥などの焼き物ではカンピロバクターが死滅する75℃で1分以上の加熱がなされなかったか、加熱後の二次汚染が考えられる。鶏肉のコ-ス料理には様々な食材が含まれるが、多くの事例がレバ-や鶏刺しなどが含まれた料理であり、食品が特定されていないのである。著者はカンピロバクターの食品における分布から推察して原因が判明しない事例でも、鶏肉を洗浄した水や、鶏肉を取り扱った手指や調理器具などから二次汚染した調理食品が大半であると考えている。

その他としては未殺菌飲料水からの感染がしばしば認められ、著者らも以前、事業者の井戸水からカンピロバクターを検出している。英国や米国では未殺菌牛乳を日常的に飲料することから、牛乳による事例がしばしば報告されている。国内では食品衛生法により牛乳の殺菌が義務化されていることから、日本国内では牛乳によるカンピロバクター食中毒はないと考えられていた。しかし2018年に北海道で未殺菌牛乳を原因として3ヶ所で38名の患者が報告された。異なるロットの牛乳からカンピロバクターが検出されており、牛乳の殺菌工程に問題があったと推察される。

ところで、推定原因食品からのカンピロバクターの検出率が低い理由として、100個程度の少量菌で発症するために、少量菌の検査が困難であること、検査用の保存食は-20℃に保存することが定められているが、カンピロバクターは凍結に弱いことから検査時点で多くが死滅してしまうこと、或いは本菌の特徴として、3日以上培養すると螺旋菌から球状化して培養が出来ない段階に変異を起こすことから、保存食品中でも同様に培養不可能になっていることも想定される。なお、提供した生食の鶏肉は多くが保存されないため、検査する残品がないことも十分に考えられる。

2.カンピロバクターによる散発患者

集団食中毒は法令により医師からの届出があるが、散発患者の届出は義務化されていないため、カンピロバクターによる全国の患者数の把握は困難である。カンピロバクター感染症に関する治療薬など臨床上の問題点が判明したことから、現在ではカンピロバクターによる散発患者の明確な実態はないが、過去の成績とほぼ同じであろう。1980年代のデータでは小児科の腸炎の原因としてカンピロバクターが圧倒的に高く、患者の76.8%から検出され、サルモネラ属菌が約20%、成人ではカンピロバクターが32.9%を占めており、いずれも下痢症患者の主要な原因菌である1,3)。また日本感染腸炎研究会(都市立の13感染症指定医療機関のデータ)の2008~2014年の7年間の成績では患者1,920名のうち669名(34.8%)からカンピロバクターが検出されており、下血など重症化した場合でも同菌による罹患が多いことが分かる。

表3.感染性腸炎患者1920件からの病原微生物検出頻度
2008ー2014年 日本感染性腸炎研究会総会資料 

表3.感染性腸炎患者1920件からの病原微生物検出頻度 2008ー2014年 日本感染性腸炎研究会総会資料 

これらの散発患者の感染経路はほとんどが食品と考えられるが、母親から乳児への感染や、乳児園では人あるいは環境からの感染が報告されている。また、諸外国では犬からの感染も知られており、国内でも犬からカンピロバクターが多数検出されることから注意が必要であろう。

 窪田邦弘らは宮城県や全国の散発下痢患者からの病原菌検出率の推計学的データを用い、全国における散発性患者数を推定した成績を報告している。全国における食品由来のカンピロバクター推定患者数は、2020年では5,679,245人と推定され、厚労省へ届けられた食中毒のデータは氷山の一角である。食品由来かつ散発性のカンピロバクター下痢患者は集団発生の1,000倍の患者数と思われ、同感染症は公衆衛生学上の重要な疾患であると考える。

表4.日本全国における食品由来下痢症実患者数の推定値と実際の食中毒患者報告数
(窪田邦宏ら、2023)抜粋デ-タ

表4.日本全国における食品由来下痢症実患者数の推定値と実際の食中毒患者報告数(窪田邦宏ら、2023)抜粋デ-タ

このような推計学データは米国においてはFood Netと呼ばれるシステムや各種サーベイランスシステムから得られたデータに基づき推計学的に算出されており、信頼性の高いものが公表されている。米国全土のカンピロバクター患者数は100,000人当たり1,020名と算出されている。国内でも定点病院の臨床診断による感染性胃腸炎の患者数は定期的に報告されている。このデータをもとに地域ごとの定点病院を選定して、病原微生物検査を実施し、推計学的に解析した信頼できるデータの公表が望まれる。

3.人体感染実験から究明された感染菌量

カンピロバクターの感染は前述のように食品中では増殖しないことから、少量菌であることが推察されている。カンピロバクターが少量菌で感染が成立することはBlackら4)の貴重な人体感染実験の成績がある。68名の学生に150mlの牛乳にC.jejni(A3249株)を8×102個から1×108個を投与したところ8×102個投与で50%が胃腸炎を発症、103~106個投与では60-85%が発症、108個投与では全員が発症した。39名には異なった菌株(81-176株)を106-109個投与した結果、全員が発症した。投与後には典型的な胃腸炎症状とカンピロバクターに対する抗体の上昇が観察され、感染したことが証明された。この人体感染実験によりカンピロバクターの最少感染菌量は疫学的観点から考えられた100個であると結論された。

4.カンピロバクターによるギラン・バレー症候群

ギラン・バレー症候群は1919年にGillanとBarr及びStohlによって明らかにされた急性突発性多発性根神経炎であり、神経根や末梢神経における炎症性脱神経炎と記載されている。手足の軽い神経麻痺から始まり、下肢から上行に麻痺が進展し、歩行困難となる。四肢の運動麻痺の他に呼吸筋麻痺、脳神経麻痺、顔面神経麻痺などがみられる。数週間で殆どが回復するが、治癒するまでに長期間を要することがある。重症の場合は呼吸筋麻痺が進行し死亡することもある。本疾患の原因は肝炎ウイルス、サイトロメガロウイルス、EBウイルスなど各種の感染症やインフルエンザワクチン接種後1~3週後に発病することもある。

カンピロバクター腸炎とギラン・バレー症候群との関係の最初の報告は、1982年に英国において45才の男性がカンピロバクターに感染し、胃腸炎症状後15日目にギラン・バレー症候群を発症した例である。その後カンピロバクター腸炎が明確になったことにより各国から多数報告され、米国の統計ではカンピロバクター腸炎感染後のギラン・バレー症候群患者は年間最大で1,360名と推定されている。国内でも1990年に結城らによる、2名の患者の報告が最初である。患者から検出されたカンピロバクターは特定な細胞壁(血清型)を持つ菌とされたが、Takahasiら5)は国内のギラン・バレー症候群患者から検出されたカンピロバクターについて血清型(耐熱性抗原)について検討した結果 諸外国で報告されている血清型O9が多く認められているが、その他様々な血清型がギラン・バレー症候群に関与することを指摘しており、特定の菌株でないことを明らかにしている。カンピロバクターの細胞壁の化学的構造と神経細胞表面の構造が類似することから、カンピロバクターの抗体が神経接合部に結合したことによる自己免疫疾患であり、ギラン・バレ-症候群患者の10~30%がカンピロバクター感染者であろう。  また、漫画家のたむらあやこ氏がギランバレー症候群(原因となった微生物は不明)を罹患して1年間にわたり悪戦苦闘し、治療によって回復するまでを漫画にした『ふんばれ、がんばれ、ギランバレー!』が出版されていることを追記する。

おわりに

ベルギ-のButzlerらによりカンピロバクターが発見され、全世界において感染性胃腸炎の主要な病原菌であることが明らかとなって、胃腸炎症状後にギラン・バレー症候群を起こすことも確認された。微好気培養で検出される螺旋菌に対する関心が高まり、オ-ストラリアのMarshallとWarrenは無菌であると考えられていた胃内にもカンピロバクター様の生きた螺旋細菌を認め、C.pyloridesと名付けられた後に、ピロリ菌(Hellicobacter pylori)と改名された。カンピロバクターに関する普及が新たにピロリ菌研究の契機となり、学問の発展に関与したことは素晴らしいことである。

参考文献

1) 伊藤武:医学細菌学4巻、監修 三輪谷ら:菜根出版、139,1989
2) 伊藤 武:食の安全と微生物検査、10,31,2020
3) 深見トシエら:感染症学雑誌、58,613,1984
4) Black,R.E.,et al: J. Infect,Dis.,157,472,1988
5) Takahashi,M.et al:J Clin. Microbiol:43,335,2005

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