下水におけるノロウイルスとクリプトスポリジウムの検査意義について

2011年2月

財団法人東京顕微鏡院 理事、 麻布大学客員教授
獣医学博士 伊藤 武

下水には生活用水、し尿、工場廃水、飲食店など店舗の排水、雨水など各種の汚染水が流入しており、あらゆる腸管系病原微生物の汚染が認められる。これらの汚水を一定基準まで浄化するために下水処理場では沈殿池、反応タンク、ろ過装置、消毒装置など各種の処理工程を経て浄化され、公共用水域に放流される。放流水は上水源としての再利用や工業用水や農業用水としての利用あるいは河川水の維持のためにも利用される。その他、防火、消雪、灌漑、噴水などの修景などさまざまに利用されている。

下水処理工程は主に有機物質を除去するが、腸管系病原微生物を完全には殺菌できない。従って放流水中に少なからず病原微生物が混入することは避けられないが、多くの病原微生物は下水の環境には抵抗性が低く自然に死滅していく。しかし、自然界での抵抗性が高いサルモネラ、ノロウイルスおよびクリプトスポリジウムは長期間水中で生存する危険性が高い。

これらの放流水や再利用水はヒトとの接触が少なからず認められることから経口感染のリスクがある。特に毎年繰り返し大流行を起こす環境抵抗性の高いノロウイルスと水の消毒薬である塩素に耐性であるクリプトスポリジウムは人への感染リスク低減化のための一つの手段として放流水の病原微生物対策を構築していかなければならない。

1. ノロウイルスと下水

ノロウイルス(Norovirus)は直径約30nm(ナノメーター)の小型の球形したウイルスで、人の小腸に感染し胃腸炎症状を起こす。流行期は11月から3月ごろまでの冬季に多発し、夏季で著しく少ない特徴がある。家畜、野生動物、実験動物など人以外の動物には感受性がなく、感染しない。感染源は人のみである。

ノロウイルスによる人の疾患はカキなどの二枚貝やその他のあらゆる食品や飲料水を介して食中毒を起こし、届けられる患者が年間1万から2万名報告されている。食品媒介以外に患者のと物や患者との接触、手すりなどの環境に汚染したノロウイルスから人に感染するいわゆる人から人への感染症が保育所、幼稚園、小学校、高齢者施設、福祉施設など集団で生活する施設で集団感染を起こし、毎年少なくとも100万人以上の患者がいると推察されている。

従ってノロウイルスの感染環は図1のごとくノロウイルスの患者あるいは健康保有者のふん便が下水処理場から河川に放流され、河川水が下流の海域で養殖されているカキあるいは二枚貝の中腸腺にノロウイルスが蓄積・濃縮され、これら貝類を生あるいは加熱不十分な状態で喫食することにより人がノロウイルスに感染する。

ノロウイルスは人工培養ができないために、ウイルスの自然環境での生存性を確認する手段として、ノロウイルスに類似するネコカリシウイルス(組織培養が可能)による実験が行われている。
ネコカリシウイルスは環境温度が低い冬季では1ヶ月以上生存できるし、夏季の気温でも10日間前後の生存が確認されており、ノロウイルスでも同様に冬季の低温の水系環境では長期間生存すると考えられる。

下水道におけるウイルス対策に関する調査委員会(委員長:木村達夫)の報告では18下水施設に流入する下水中のノロウイルスは流行期(11~3月)では1L中104~107コピーと高いが、非流行期(9~10月)では半数程度が陽性で、そのウイルス量は流行期より低く102~105コピー程度である。下水処理施設から放流される水のノロウイルスは、流行期では105コピー、非流行期ではほとんど検出されないが、検出されても103コピーである。再生水では非流行期ではすべて検出できないが、流行期でも10%程度陽性となり、その量はほとんどが102コピー以下である。凝集添加やオゾン処理、膜分離活性汚泥法によりある程度の除菌効果が認められている。

下水の処理方法によりノロウイルスをある程度減少させることができるが、施設により汚染率や汚染量の変動も大きいが、放流水にはノロウイルスが含まれているものと考えられる。二枚貝へのノロウイルス汚染低減化のためには放流水中のノロウイルスのモニタリング調査によりその汚染状況を常に把握することと緊急対応濃度以上にノロウイルスが検出された場合には凝集剤等で本ウイルスを除去するなどの対応も求められるであろう。

2. クリプトスポリジウムと下水

クリプトスポリジウムは直径が約5μmの楕円形の原虫(オーシスト:丈夫な殻に囲まれ、内部に4個のスポロゾイトを含む)であり、ヒトを含めてあらゆる動物に寄生する。経口的に感染したクリプトスポリジウムは腸管上皮細胞の微絨毛に浸入し、増殖を繰り返して、糞便と共にオーシストが体外に排出される。このオーシストは塩素消毒に高い抵抗性があり、消毒された下水や水道水中でも死滅しない。オーシストが飲料水や遊泳水あるいは食品を汚染し、人に感染して、下痢などの胃腸炎症状を起こす。ほとんどが2~3週間後に自然治癒するが、免疫不全の患者では重症となる。

これまでにも水道水を介する大規模な集団発生が認められたが、散発性の患者は年間10~20名程度に過ぎない。ただし、下水処理施設への流入水からしばしばクリプトスポリジウムが検出されていることから届けられない患者や感染者があるものと推察される。上水道の完備されていない発展途上国では下痢症の6%程度がクリプトスポリジウムを原因としている。

国内においては平成12年に下水道におけるクリプトスポリジウム検討委員会(委員長:金子光美)が設置され、下水、放流水、下水泥土におけるクリプトスポリジウム汚染濃度や各種の下水処理プロセスによる本原虫の除去効果の評価などが行われた。全国67ヵ所の下水処理場について、流入水と処理水のクリプトスポリジウムは約10%の処理場から検出されている。流入水のクリプトスポリジウム汚染濃度は8~50個/Lであったが、処理水では減少し、0.005~1.6個/Lであった。

すなわち、下水処理場への流入水からクリプトスポリジウムが証明されることは牛などの動物の屎尿からの汚染も考慮する必要があるが、その殆どはクリプトスポリジウム患者や健康保菌者の屎尿からの汚染であると推察される。下水の処理に凝集剤を添加して砂濾過処理により除去率が99.7%に向上するし、消毒剤ではオゾンや紫外線照射により高い除去率が得られている。

下水処理水中のクリプトスポリジウムによる健康リスクを考慮した管理目標が考えられているが、現状ではクリプトスポリジウムに関する環境基準や排水基準も設定されていない。定常時のクリプトスポリジウム汚染濃度を把握しておき、この基準から著しく逸脱する場合には異常事態の可能性があり、基準値以下に低減するための総合的な除去管理が必要である。

例えば七里浩志らの報告(再生水におけるクリプトスポリジウムの再試験濃度基準について)では平常時の再生水からのクリプトスポリジウム検出率は26%, 陽性検体のクリプトスポリジウム汚染濃度が0.1~2.2/Lであった。年間のクリプトスポリジウム感染許容リスクを10-2以下として再生中の緊急対応基準値0.23/Lと算出されている。

下水処理水のクリプトスポリジウム濃度は低レベルであるし、完全にゼロにすることは困難であるし、放流先の水利用状況や水による希釈なども様々であり、管理基準を一律に求めることも難しいことから、常時クリプトスポリジウム汚染濃度をモニタリングすることが望ましいと考える。
 

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