遠山椿吉記念 第7回 食と環境の科学賞 受賞者発表

遠山椿吉記念 第7回 食と環境の科学賞 受賞者発表

このたび、たいへん多くの優れた研究テーマが応募されました。選考委員会による厳正なる審査を経て、当法人の経営会議にて協議した結果、栄えある第7回遠山椿吉賞の受賞者を決定いたしましたので、発表いたします。

受賞された方々には、こころよりお祝い申し上げます。

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遠山椿吉記念
第7回 食と環境の科学賞
受賞者
高野 裕久
国立大学法人 京都大学大学院 地球環境学堂 地球益学廊長、環境健康科学論分野 教授
テーマ名
大気汚染物質、環境化学物質によるアレルギー悪化
メカニズムの解明と悪化影響スクリーニング法の開発
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遠山椿吉記念 第7回 食と環境の科学賞
山田 和江賞
受賞者
白崎 伸隆
北海道大学 大学院工学研究院 環境工学部門 准教授
テーマ名
水中病原ウイルスの浄水処理性の詳細把握と
ウイルス処理に有効な浄水技術の新規開発

※ 遠山椿吉賞応募者のうち、優秀な研究成果をあげており、これからの可能性が期待できる40歳以下の方に対して、平成27年度に「山田和江賞」を創設しました。「山田和江賞」は、当財団が戦後10年間休止していた事業を再建し、平成26年に享年103で亡くなられた故山田和江名誉理事長・医師の50余年の功績を記念して創設されました。

研究成果の概要:遠山椿吉記念 第7回 食と環境の科学賞

受賞者高野 裕久(国立大学法人 京都大学大学院 地球環境学堂 地球益学廊長 環境健康科学論分野 教授)
テーマ名大気汚染物質、環境化学物質によるアレルギー悪化メカニズムの解明と悪化影響スクリーニング法の開発

背景

アトピー性皮膚炎、気管支喘息等、アレルギー急増は近年の公衆衛生学的脅威であり、原因解明と対策確立が急がれている。アレルギー急増の主因は環境要因の変化に求められ、食環境、室内環境、衛生環境の変化や、大気汚染等の環境汚染の重要性が指摘されてきた。

受賞者は、大気汚染物質であるディーゼル排気微粒子(DEP)が気管支喘息を悪化させることを世界で初めて明らかにし(英文査読論文14,18,23)、DEP中の有機化学物質(群)が悪化の主要因であり(105)、キノン類がそのひとつであることも指摘した(98,125)。

しかし、我々の周囲、特に、室内環境に広く存在する『環境化学物質』によるアレルギー悪化影響の評価やメカニズムの解明は不十分であり、フタル酸ジエチルヘキシル(DEHP)等、ごく一部の物質の影響が評価されているに過ぎなかった(116)。莫大な数に上る生活環境中の化学物質や、多くの化学物質の複合物ともいえる消費者製品のアレルギー悪化影響を簡易・迅速にスクリーニングできる評価系も存在しなかった。

一方、大気汚染物質に関しても、一般環境中に存在するPM2.5の影響評価は不十分であり、粒子と多様な化学物質の複合物ともいえるPM2.5のいかなる成分がアレルギーの悪化の主要因であるのかも、ほとんど明らかにされていなかった。

調査・研究のねらい

容器、包装等に使用された可塑剤(フタル酸ジイソノニル等)、室内環境に広く存在する難燃剤(臭素系、リン酸系等)、缶詰に使用された樹脂類(ビスフェノール等)等の環境化学物質と大気汚染物質がアレルギーに及ぼす悪化影響を明らかにし、メカニズムの解明を図る。

また、環境汚染物質のアレルギー悪化影響を簡易・迅速に評価できるスクリーニング系を開発し、多数の環境化学物質や複数の化学物質を含有する消費者製品の影響調査に適用する。一方、新たに開発されたサイクロン法により一般環境中からPM2.5粒子を採取し、アレルギー悪化影響の解明を図るとともに悪化をきたす主たる要因、物質を同定する。

調査・研究の成果

ダニ抗原を用い、DEHPが既存の無毒性量の10-3に近い少量でアレルギーを悪化させ(116)乳児期の経母体曝露によっても子供のアトピー性皮膚炎を悪化させることを既に示していた(154)。

その後、DEHPの代替品であるフタル酸ジイソノニル(187)、室内環境に広く存在する臭素系難燃剤(223,244)、リン酸系難燃剤(303)、樹脂材料として使用されていたビスフェノール(264,289,299)や大気汚染物質であるベンゾピレン (265,288)も、ヒトにおいて曝露が想定されるような低用量で、アレルギーを悪化させることを指摘した。

また、悪化メカニズムとして、免疫細胞発生の源である骨髄やリンパ節における細胞構成や細胞活性の変化、特に、抗原提示細胞やリンパ球の分子レベル(サイトカイン、ケモカイン産生や細胞表面分子発現等)の活性化が重要であることを明らかにする一方、in vitro評価系に有用なバイオマーカーを見いだした(173,187,223,244,264)。

ついで、種々の環境化学物質や消費者製品を対象とし、in vitro評価系でスクリーニングした後、in vivoでアレルギー悪化影響を確認できる評価システムを構築した(2020年度免疫毒性学会発表予定)。

また、ある種の化学物質が神経・行動系に影響することも示した。一方、PM2.5によるアレルギー悪化影響を解明するとともに、悪化をきたす要因として、ある種の金属や多環芳香族炭化水素、生物成分が重要であることも明らかにした(282,290)。

【 受賞対象業績の概要説明 】

特に独創性、将来性、有効性、経済性、貢献度等について

本研究は、大気汚染を含む生活環境衛生と食品の安全について、以下の点で独創的で、学術的、社会的にも貢献度が高い。

(1)食品や食品容器、インテリアや電化製品等に含まれ、生活環境を広く汚染する環境化学物質のアレルギー悪化影響を指摘し、分子メカニズムを解明するとともに、治療の標的となりうる分子を同定した点。 (2)重大な室内環境汚染物質であるダニアレルギーに注目した点。 (3)多くの環境汚染物質や消費者製品の悪化影響をスクリーニング、評価できる方法、システムを開発、構築した点。 (4)総じて、アレルギーの医学的、環境学的対策の提案につなげ、国民、特に、将来を担う若齢者の安全・安心の確保、医療、労働を含む経済的損失の縮小に役立つ点。

一方、(5)『内分泌かく乱物質』の概念に加え、ある種の環境化学物質がアレルギーを悪化させる『免疫かく乱物質』、あるいは、脳神経系に作用する『神経かく乱物質』であることを提唱した点。
なお、受賞者は、環境化学物質のみならず、ナノマテリアル(177,189)や真菌(181,262)、黄砂(215,237,273)等、室内や生活環境を汚染する物質のアレルギー悪化影響も明らかにしている。

研究成果の概要:遠山椿吉記念 第7回 食と環境の科学賞 山田和江賞

受賞者白崎 伸隆(北海道大学 大学院工学研究院 環境工学部門 准教授)
テーマ名水中病原ウイルスの浄水処理性の詳細把握とウイルス処理に有効な浄水技術の新規開発

背景

PCR法によるウイルス検出・定量法の発展に伴い、水環境中における病原ウイルスの存在実態調査が世界的に行われるようになり、水道原水となる河川水や湖沼水においても、水系感染症を引き起こす病原ウイルスが広く存在していることが明らかとなっている。また、世界的な水不足の顕在化により、病原ウイルスを高濃度に含む下水をも水道原水として利用(再利用)せざるを得ない状況が増加している。

従って、病原ウイルスに対しても安全な水道水を将来に渡って安定的に供給していくためには、浄水処理における病原ウイルスの処理性を詳細に把握すると共に、病原ウイルスによる水系感染症リスクを許容値まで低減するための適切な処理を実施する必要がある。

しかしながら、病原ウイルスは一般的に感染力が強く、1~10個程度の低用量で感染が成立する一方で、実際の浄水処理場においては、浄水処理後の処理水中の病原ウイルス濃度が非常に低濃度であることから、病原ウイルスを直接定量することにより、浄水処理性を把握することは事実上不可能である。

また、ノロウイルス等の幾つかの病原ウイルスは、細胞を用いた培養が困難であることから、病原ウイルスの浄水処理性の評価に用いられる室内実験の実施に必要なウイルス量を確保すること自体が難しい状況にある。

これらのことから、病原ウイルス、特に、培養困難な病原ウイルスの浄水処理性に関する知見は非常に限定されている。また、病原ウイルスを高度且つ高効率に処理可能な新たなウイルス処理技術の開発が望まれているものの、その実現には至っていない。

調査・研究のねらい

上述した背景から、細胞を用いた培養に頼ることなく(効率的な培養法の確立を待つことなく)、培養困難な病原ウイルスの浄水処理性を評価可能な新たな評価手法の構築に取り組んできた。また、実浄水場における病原ウイルスの処理性を把握するための代替指標ウイルスの有効性を検討してきた。更には、病原ウイルスを効果的に処理可能な新たな凝集剤の開発とそれを用いた浄水システムの構築に取り組んできた。

調査・研究の成果

培養が困難なノロウイルスについて、遺伝子組み換え技術・ウイルスベクター・カイコ細胞を用いた蛋白質発現法により、ノロウイルスのウイルス様粒子(VLPS)を作製すると共に、VLPSを高感度に定量可能な新たな免疫PCR法を構築し、これらを組み合わせることにより、次世代の浄水技術である膜ろ過等の物理的な浄水処理におけるノロウイルス粒子の処理性を、培養法に頼ることなく世界に先駆けて詳細に評価することに成功した(論文番号17)。

また、ヒトの糞便中に高濃度で存在することが明らかとなった植物ウイルスの一種であるトウガラシ微斑ウイルスに着目し、現行の浄水処理である凝集沈澱-砂ろ過に加え、膜ろ過、凝集-膜ろ過における病原ウイルスの処理性を把握する上での指標としての有効性を世界に先駆けて示した(論文番号38,44)。

加えて、水中から病原ウイルス及びトウガラシ微斑ウイルスを効果的に濃縮可能な新たなウイルス濃縮法を構築し、実浄水場における原水及び処理工程水に適用することにより、実浄水場におけるトウガラシ微斑ウイルスの処理性を実測することにも成功しており、トウガラシ微斑ウイルスの処理性評価結果を基に、実浄水場における病原ウイルスの処理性を議論することを可能にした(研究活動報告書番号1~6,これらの成果をまとめた論文を7月中にWater Researchに投稿予定)。

更には、実浄水場で広く用いられているアルミニウム系凝集剤に着目し、特性の異なる自作凝集剤とそれらを用いた凝集における病原ウイルスの処理性の関係を詳細に把握することにより、高い消毒耐性を有するウイルスをも含めた病原ウイルスを高度且つ高効率に処理可能な新たな凝集剤の開発に成功した(論文番号30)。

また、新規凝集剤の実浄水場への適用を見据えた実験を実施することにより、現行の浄水処理である凝集沈澱、凝集沈澱-砂ろ過に加え、次世代の浄水技術として普及が進む凝集-膜ろ過への新規凝集剤の適用可能性を見出し(論文番号34,36,38,44)、特に、新規凝集剤を用いた凝集と膜ろ過を組み合わせた浄水システムにおいては、従来型の凝集剤を用いた場合に比べて病原ウイルスの処理性が飛躍的に向上することを明らかにした(論文番号38,研究活動報告書番号3)。

【受賞対象業績の概要説明 】

特に独創性、将来性、有効性、経済性、貢献度等について

上述した研究成果は、水環境分野のトップジャーナルであるWater Research(インパクトファクター7.913)をはじめとする国際学術雑誌に掲載されていると共に、当該分野のウイルスに関する複数の重要な国際レビュー論文の中で広く引用されている。また、主要国際会議においても多数の口頭発表に採択される等、研究の独創性・有効性が国際的に高く評価されている。

培養困難な病原ウイルスの浄水処理性をVLPSと免疫PCR法を組み合わせることにより評価する手法については、ノロウイルス以外の培養困難な病原ウイルス(サポウイルス,E型肝炎ウイルス等)の浄水処理性評価にも適用可能であることから、将来性・有効性が高いと考えられる。また、トウガラシ微斑ウイルスを指標とすることにより、実浄水場における病原ウイルスの処理性の議論を科学的根拠を持って展開できることから、病原ウイルスに対する水道水の「安全」の根拠を示すことが可能となり、将来を見据えた水道水利用における病原ウイルスのリスク管理・制御の枠組みの構築に大きく貢献できる。

現在のところ、日本の水道水質管理においては、ウイルスに関する基準は制定されていないものの、受賞者の研究成果を基に、ウイルスの水道水質基準制定に向けた活発な議論が行われるようになっている。加えて、病原ウイルスを高度且つ高効率に処理可能な新規凝集剤については、ウイルス以外の有機物の処理においても従来型の凝集剤に比べて高い性能を有することから、水道水の安全性、並びに質の向上に大きく貢献できる。また、実浄水場に適用した場合には、凝集剤使用量の削減や発生汚泥量の低減等、経済性においても優位性があることから、将来に渡る安全な水道水の安定的供給に貢献できる。

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